逆上陸「黒船作戦」でブランド確立海外の展示会やコンクールに出品して名声を得た製品を“逆輸入”し、日本の市場を切り開く──「黒船作戦」は、海外の評価が付くだけで見る目が違うという日本の舶来信仰を逆手に取った手法だが、本物のブランド確立につながるのだろうか。2007年05月09日 17時14分 更新
海外の展示会やコンクールに出品して名声を得た製品を“逆輸入”し、日本の市場を切り開く──。そんな手法を、「日本ブランド」戦略を進める中小企業庁は「黒船作戦」と呼ぶ。同じ商品でも海外の評価が付くだけで見る目が違うという日本の舶来信仰を逆手に取った手法だ。地道に国内市場を開拓するよりも手っ取り早いが、伝統が重視される本物のブランド確立につながるのだろうか。 淡路島の線香、パリっ子を魅了
【上】パリの国際見本市での評判をてこに日本市場活性化を狙う「あわじ島の香司」=兵庫県淡路市郡家 【中】その仕掛け人である吉井康人・兵庫県線香協同組合理事長=兵庫県淡路市江井の梅薫堂 【下】工程の多くは機械化されたが、香司ブランドの開発には昔ながらの手作業の技が欠かせなかった=兵庫県淡路市江井平成18年1月、パリで開催されたインテリア国際見本市「メゾン・エ・オブジェ」。多くのブースが並ぶ一角から、芳しき香りが漂った。 ラベンダーや甘茶、ハーブ、ブルーベリー…。香水ではなく、日本では一般的に葬儀や法要などで使われる線香だ。近年はアロマテラピーの流行で、香り付きの線香も珍しくないが、展示された16種の香りはおしゃれ好きなパリの人々を魅了した。 「あわじ島の香司(こうし)」。国内の線香生産量の7割を占める兵庫県・淡路島の線香業者16人が名乗る「香りのマイスター(匠)」の称号で、ブランド名でもある。「それぞれが香りの“家元”という思いで、自信作の線香をそろえた」。香司の仕掛け人で、県線香協同組合の吉井康人理事長がアピールする。 淡路島の線香のルーツは江戸時代の嘉永3(1850)年にさかのぼる。大阪・泉州地域の製法が伝えられ、原料調達や販路に恵まれていたことから生産が始まった。島特有の西からの季節風が線香の乾燥に適していたことも、品質向上や生産拡大の“追い風”となった。 しかし、日常生活から線香をたく習慣が失われつつあるうえ、7、8年前からは中国産などの安価な輸入品に押され、出荷量は徐々に低下。兵庫県工業統計調査では平成17年の線香出荷量は、5年前から約10%減少したという。 「淡路島の線香が世界一だと、改めて訴えたい」。吉井理事長らが思案していたところへ、中小企業庁の「JAPANブランド育成支援事業」の話が舞い込んだ。16年度から、地域の事業者が一丸となって世界に通用するブランド実現を目指す取り組みを、同庁が補助金などで支援するという。淡路島では、創業155年の歴史を持つ老舗「梅薫堂」の5代目でもある吉井理事長を中心に、線香業者らが早速応募してブランド戦略を練った。 「自然」「癒し」に敏感な都市部で働く女性を対象に、ゆとりを与え、心を癒す香りを演出したい。「新しいブランドをアピールする舞台装置には、香り文化でナンバーワンとされる仏パリこそがふさわしい」。そう考えて香司プロジェクトをスタートさせた。 イメージ通りの香りを生み出すために、植物性や動物性の香料、液体のジャスミンやスズランなどを微妙に調合。染料や水とともに素材を練り上げる。機械で素材を押し出して切り、整形した後に乾燥させる。昔ながらの手作業を続ける職人の技も欠かせなかった。 試行錯誤しながら完成させた新商品は、火を付けて使用する棒状の線香だけでも16種の香りをそろえ、見た目も紫やピンクなどカラフルで華やかだ。パッケージにはフランス語で香りの名称を表示し、「香司」のロゴをあしらった。他に、香炉で空薫(そらだき)する花びらやひょうたんの形をしたオシャレな印香なども作り出した。 パリでは「メゾン・エ・オブジェ」に出展するだけでなく、日本文化を好む市民向けに新作発表イベントを並行開催。日本の線香の存在感をアピールした。現地のオーガニックスーパーやインテリア店などとの商談で好感触を得ており、今夏にも欧米で販路が開ける見通しだ。 ただ、香司プロジェクトを主導する吉井理事長は、「外国で売ることが目的ではない。それではメシは食えない」と言い切る。むしろ欧米での評価を足がかりに、国内市場で再び、癒しやもてなし、祈りの手だてとしての日本の線香に脚光を集めることこそが狙いだという。 結局は「商品力」
経済産業省のデザイン政策を紹介する木方幸久デザイン・人間システム政策室長=大阪市内で開催されたデザイン経営戦略フォーラム大阪市内のホテルで4月中旬、国際デザイン交流協会(大阪市)が開催した「デザイン経営戦略フォーラム」でも、黒船作戦は話題となった。 パネリストとして参加した國本桂史・名古屋市立大大学院教授は、金沢市の衣料メーカー、クォーレ・アモーレと組み、ナノテクノロジー(超微細技術)によって高い吸湿・保湿性を持たせた新素材のベビー服を開発。「金花(きんか)」「浅葱(あさぎ)」など日本の伝統色100色をそろえた。この新作は伊フィレンツェの展示会に出展したことが評価され、百貨店の銀座松屋で扱われるようになったという。 入社後4年半で家電メーカーのデザイナーに見切りをつけ、デザイン事務所を設立した村田智明氏も2005(平成17)年4月、協賛企業が登録した得意分野を融合させたブランド「メタフィス」を伊ミラノの見本市「ミラノ・サローネ」で問うた。 「黒船」を足がかりにメゾン・エ・オブジェやミラノ・サローネなど海外の著名見本市への出展は、経済産業省も資金面などで支援している。フォーラムで経産省のデザイン政策を紹介した製造産業局デザイン・人間生活システム政策室の木方幸久室長も産経新聞の取材に対し、「出展すれば、ある程度の名声が得られる」と黒船効果の有用性を説いた。 ただ、デザイン先進国を自負するイタリアやフランスのメーカーは、宣伝はするものの、海外の展示会で泊を付けようとは考えない。「商品力」に自信があるためだ。 力のない商品が黒船作戦で話題になったとしても、欧州の高級ブランド品のように、長期に渡ってファンを維持することは難しい。また、海外に行けば何でも即ブランド化できるかというと、事はそれほど甘くはない。成功例の陰で、まったく評価されなかった事例も山ほどある。 日本の地域産業をブランド化し、世界市場につなげるためには、黒船作戦は足がかりにすぎず、「商品力」を磨くことこそが必要となる。 トップデザイナーが語る「黒船作戦」イタリア高級車メーカー「フェラーリ」をデザインしたことで知られる工業デザイナーの奥山清行氏は、米国のデザイン学校で学び、米GM、独ポルシェでチーフデザイナー、イタリアの自動車デザイン工房「ピニンファリーナ」のデザインディレクターを経て昨年、独立した。自動車のほかにも航空機、家具、ロボット、都市計画などのデザインを幅広く手がけ、米ニューヨークの近代美術館や豪州の国立博物館に所蔵されている作品もある。 クラシカルな日本文化を現代に
奥山清行氏(撮影・鈴木健児)そんな奥山氏は4年前から、故郷の山形県で、デザインによって地域の産業振興を図る取り組み「山形カロッツェリア研究会」に代表として参画している。そこで生み出されたデザイン家具のブランド「山形工房」は海外で高い評価を受け、ビジネスとしても軌道に乗りつつある。 「これこそ望んでいた。やっとここまできてくれた。なぜ日本人は今までやっていなかったのか」 奥山氏らが手がけた鋳物のストーブ、椅子などの山形の工業製品に出会ったフランス人やイタリア人は、そう賞賛するという。 奥山氏にとってデザインとは、「人の生活を質的によくしようとする行為」とつねに明快だ。だから、デザインだけに特化した奇抜な製品は作らない。「日本文化のクラシカルな部分を十分に残しながら、でも現代の生活に合っている」と、奥山氏は自身の作風を評する。いわゆる工芸品として売るおみやげではなく、量産できる工業製品であり、一般の人が使えるもの。そのコンセプトを、自ら「モダン・ヴィンテージ・オブ・ジャパン」と呼ぶ。 全国初の試みで海外の消費者の心をつかんだ山形工房は、約1年半で約1億2000万円を売上げた。 本当の「黒船作戦」とはその奥山氏も、「第1段階は『黒船効果』を狙った」という。香司と同様に、パリで開かれる家具や小物の国際展示会に昨年から2年続けて出品し、鋳物や木工など山形の工業製品を世界に発信。現地で話題をふりまいて評価を得た結果、日本でもスポットが当たるようになった。 2年目は本格的な海外展開の前に海外ルートの確保を狙い、フランスで数社と代理店契約を結んだ。今後は海外販売品の規模拡大が目標だ。 「海外で認められたものは無条件で受け入れる悲しい習性が日本人にはある。国内で地道に販売して話題性を求めるより、海外に行った方が早い」と率直に明かす奥山氏。しかし、「いったん国内販売を整備したあとは、再び海外で代理店契約や地元商社とのネットワークを築き、また国内に戻って新たな営業戦略を練ってという具合に、国内と海外展開を並行的に進めるのが『黒船作戦』の本当の意味」とも語る。 いくら評価されるデザインを作り上げても、販売力が伴わなければビジネス的には意味がない。無論、世界に通用する商品にもならない。 世界に売り込むノウハウを奥山氏が率いる山形カロッツェリア研究会の狙いは、日本のオリジナルなデザインを、自分たちの手で世界に発信することだという。都市文化が根強いイタリアでは、フィレンツェやミラノのファッション業界の社長たちが、首都ローマを経由しないで海外へ売り込みに行く。「中小企業の社長が手探り状態から販売ルートを開拓するため、下手な英語でもかまわず売り込んでいる。それに対して日本人は何かと東京経由だし、外に出るときは人任せ」。こう指摘する奥山氏は、世界の舞台に立った経験に基づき、情報発信や製品PRを通じて日本のデザイン文化に変革を起こそうとしている。 山形工房について「地場産業の取り組みとしては注目されているが、全然満足していない」という奥山氏は、中小企業のサポーターという役割も演じている。奥山氏の目標は「世界で売れる仕組みの成功例を出し、全国どこでも再現可能なノウハウとして広めること」という。すでに、福井県鯖江市のメガネ業界や兵庫県豊岡市のかばん業界などと共同で取り組んでいるといい、世界に通じる「商品力」を確立するための挑戦が続く。 日本ブランドの確立に必要なのは奥山氏のようなプロデューサーだが、世界にデビューしても競争力がある商品とそうでないものがあるのはなぜだろうか。ここにも「商品力」の秘密がありそうだ。 「日本の製品が世界をリードするためには、デザインにプラスアルファの要素が求められる」。甘利明経産相は3月、「感性☆(キラリ)21」という懇談会を設けた。生活者の感動や共感を得ることで実を結ぶ価値を「感性価値」と位置づけ、プラスアルファの要素として商品力をつけたい考えだ。 このプラスアルファのひとつが最近のヒット商品に共通する「利用者に価値ある経験を与えることができる」という要素で、米国先行で開発が進んでいる。 世界を席巻する「MANGA」 (1/4)パリ・カルティエラタンにあふれる日本の「MANGA」。日本の漫画パワーを、政府はコンテンツ新興という国策の柱の1つとして利用しようとしている。これには「文化領域の産業が国策の庇護下に入るのは間違っている」という反発もある。2007年03月13日 16時53分 更新
世界中で“活躍”する日本のアニメやゲームキャラクター。米国人女性の心をとらえた少女マンガ。しかし、それらはコンテンツとしてどのくらいの力があるのだろうか。著作権が直面するさまざまな問題を探った第1部に続き、今回は、日本政府が国策として育成を目指すジャパニーズ・コンテンツの実力を探る。 パリ市内には「コミック・ゾーン」と呼ばれる一帯がある。下町バスチーユ広場に近いケレル通りと学生街カルティエ・ラタンの、十数軒の日本漫画専門店が集まる地域だ。仏社会党の大統領候補セゴレーヌ・ロワイヤル女史が「性的暴力シーンもありいかがなものか」と非難するほど浸透した日本の漫画は、「バンド・デシネ」と呼ばれるコミックとは一線を画し「MANGA」と呼ばれ、若年層を中心に多くの熱心なファンを持つ。 「フランスのコミックは限界があってつまらない。赤ん坊向きのようなものさ」。 ケレル通りにある3軒の日本漫画専門店の1つ「TOKYO EYE」に新刊本を探しにやってきたカンタン君(15)は、日本の漫画の魅力をこう説明した。 「そうそう、普通の女の子が考えているようなことが描かれている。ロマンチックな夢ではなくリアルなところが魅力」と相づちを打つのは連れのマリールイズさん(15)とリーズさん(15)。女性2人の愛読書は「放課後の保健室」「ナナ」「レディ・オスカー(ベルサイユのばら)」など。 カンタン君が選んだのは2月末発売の「NARUTO」の新刊(5.95ユーロ=約900円)。3人ともパリ郊外に住んでいるが、この日はパリで買い物があるカンタン君の母親の車でやってきた。 「TOKYO EYE」は1997年に日本のアニメなどのビデオ専門店として開店した。経営者のローラン・ベルグ氏(28)は自身も漫画ファン。「日本の漫画は続き物だから、次の話が読みたくて病み付きになる」という。漫画本7000冊、DVD1500本、ビデオゲーム200本を扱い、年間15万冊の漫画を売る。 同店から数軒先の「MANGARAKE」は開店8年。共同経営者エドアール・ソナル氏(39)は「アキラ」や「ドラゴン・ボール」に魅せられ、テニス教師から転向した。「漫画は5、6ユーロ。小学生の小遣いでも買えるのも魅力」という。昨年の年商は70万ユーロ(約1億円)。売り上げは数年前がピークで、最近はちょっと減少気味という。しかしこれは、「スーパーでも漫画を置くようになったし、数年前は専門店は5、6軒だった」と競争激化が理由だ。 昨年7月に開店し、仏メディアにも盛んに登場したのがカルティエ・ラタンにある「マンガ・カフェ」。パリ大学経済財政学部4年のベン・コルドヴァ氏(21)が経営する。「ドラゴンボールが僕の初恋」という漫画ファンで、インターネットで新刊を探しているうちに日本の「漫画喫茶」の存在を知った。 同店の入場料は最初の2時間が4ユーロ(約620円)。店内の自動販売機のコーヒーやココアなどは無料だ。約100平米の店内には、この2月に日本で発売されたばかりの新刊200冊を含む8000冊が並ぶ。この日は4人が熱心に漫画を読んでいたが、週末や学校が休日の水曜日は20人前後がやってくるという。「NARUTO」や「デスノート」が人気だ。 フランスの漫画愛読者は日本に次いで2位で、コミックの年間販売部数は1100万部。約15年前から「漫画オタク」(コルドヴァ氏)の存在は知られていたが、ポケモンやハロー・キティの大ヒットで市民権を獲得。グッズも大ヒットした。ルモンド紙に「日本のポップカルチャーは売れる。日本経済はやっと長期危機から脱し、かつてないほどの大衆文化を輸出している」と紹介されたほどだ。 仕事兼観光で25回の訪日経験を持つ日本通のベルグ氏は、「漫画のテーマによくある、闘って何かを達成するというのはフランス人の価値観でもある」と述べ、日仏共通の価値観が日本の漫画の人気の秘密と指摘する。 また、パリ大学のフレデリック・バンサン教授(哲学)は漫画カフェで行った講演で、「克服や闘争、忠誠などへの尊重は、日仏共通の文明だ」と漫画のテーマに対する共感を説明し、参加者からの拍手を受けていた。(パリ=山口昌子) 世界を席巻する「MANGA」 (2/4)2007年03月13日 16時53分 更新
20年かけて築いた漫画市場
若者でにぎあうパリ・バスチーユ付近の日本漫画専門店世界を席巻する日本の漫画パワーを、日本政府もコンテンツ新興の柱のひとつとして利用しようとしている。サブカルチャーが政策に取り上げられることなど考えられなかったが、経済産業省、文化庁、外務省が文化、産業の両面から振興に取り組む。 しかし、どれくらいのマンガが世界で売られているのかは把握していない。漫画の輸出実態を示す統計が未整備なためで、政府の取り組みが付け焼き刃であることが垣間見える。 出版科学研究所によると、日本の漫画市場の規模は平成17年時点で、単行本が過去最高の2602億円に達した。一方、漫画雑誌の売り上げは減少傾向にあり、同年には単行本に逆転された。漫画市場全体ではその規模は縮小しており、今後も少子化による頭打ちや縮小は避けられない情勢だ。 一方、日本貿易振興機構などの資料を総合すると、北米、欧州ともコミック単行本の市場は数百億円規模。このうち日本作品は3分の1超を占めているとみられ、すでに海外市場に深く浸透していることがうかがえる。 小学館では、日本の漫画の海外での版権収入を60億~70億円程度と推測。仮に著作権料を小売価格の1割程度とすると、小売り段階の売上高は600億円規模となる。 欧米のコミック単行本市場規模は日本よりも小さいものの、拡大が続いていることから、経産省は「まだまだ日本の漫画が進出する余地はある」とみており、少子化で市場縮小が懸念される漫画産業の成長には、海外展開が欠かせないと訴えている。 さらに、中国、東南アジアなどでは欧米以上に日本の漫画は浸透しやすい。このため、版権を持つ出版社は、海賊版対策の動向などを慎重に見極めながら販売拡大を進めている。 欧米やアジアに広がる漫画だが、こうした状況は一朝一夕でできあがったわけではない。日本の漫画を輸出する取り組みは、20年以上前から始まっていた。 小学館は1986年、米国で漫画を販売するための版権管理会社ビズをサンフランシスコに設立した。社員4、5人という小所帯の船出だったが、日本の漫画が浸透するにつれて事業を拡大。2003年には集英社などの出資も受け入れ、現在は約130人に成長している。5年にはオランダ・アムステルダムにも拠点を開設した。 国内市場ではライバル関係にある白泉社などの作品も取り扱い、今では日本から欧米への漫画輸出の大半を担っている。 小学館で12年前から漫画の輸出に携わっている新藤雅章・ライツセンタープロデューサーは「ビズがこれほど拡大するとは思っていなかった」と率直に打ち明ける。特に新藤さんが取り組んだ欧州進出では、市場の構造や商慣行が全く異なる中で「手探り状態だった」といい、外国の出版関係者と地道に対話を重ね、お互いに理解しようと務めたことが、その後の読者急増に結びついたという。 日本の漫画がすさまじい勢いで欧米市場に浸透したことを示すエピソードは事欠かない。 新藤さんはかつて、漫画の背景に描かれた擬音語や擬態語の翻訳に気を使っていた。「ピカッ」とか「ユラユラ」などの表記は現地語に訳さないと伝わらないが、その分、手間も経費もかかる。しかし数年前から、フランスなどの出版社は「日本語のまま出版したい。その方が雰囲気が出る」と申し入れてきた。「フランスの読者が、日本語の擬音語や擬態語がわかるようになっている」と新藤さんは舌を巻く。 また、欧州ではコミック本の装丁が、西洋の左開きから日本流の右開きへと急激に変化している。4年前、同じ作品を右開きと左開きの両方で出版したところ、右開きの方が売れたことが転機となった。 新藤さんは「グーテンベルクの印刷機発明以来の西洋文化を、日本の漫画が変えた」と驚きを隠さない。かつては絵を左右反転させた上、文字を修正して印刷していたため、刀を右脇に挿したり、スポーツ選手がみな左利きという矛盾があちこちにみられたが、今ではそんな悩みもなくなった。「さらに国際化が進めば、世界中から優れた漫画家が出てくる。その才能を育てたい」と意欲を示す。 世界を席巻する「MANGA」 (3/4)2007年03月13日 16時53分 更新
振興に乗り出す政府と関与への反発
パリ・カルティエ・ラタンの漫画カフェ海外発の新たな才能を発掘したいという意欲は旺盛だが、日本の漫画のクオリティは高く、世界でも群を抜いており、日本人漫画家をしのぐような海外の漫画家は簡単には登場できないでいるという。 文化庁が平成9年に創設した「メディア芸術祭」では、アート部門に並んで漫画、アニメの各部門が設置されている。それぞれ世界中から作品が応募されており、漫画部門への応募は例年、海外作品が約1割を占めている。 海外からの作品は各部門で5、6作品が入選しているが、漫画部門だけは過去一度も入選作品が出ていない。文化庁芸術文化課は「審査員の講評では、海外の作品は日本の作品のレベルに達していない」と説明する。 こうした状況を見かねた外務省は、漫画好きで知られる麻生太郎外相の肝いりで来年度、海外作品を対象とした「日本マンガ大賞(仮称)」を創設する。海外の作品を日本に集めることで、漫画文化の中心としての求心力をアップさせることが狙いだ。 漫画振興を叫ぶ政府だが、どのように売っていくかという方法論は、まだ定まっていない。経済産業省は具体的な課題として、翻訳人材の確保▽漫画雑誌からコミック単行本へと誘導する日本型ビジネスモデルの展開▽青年向けコミックの進出▽アニメやキャラクタービジネスとの連携──などを挙げるが、海外市場の分析が進んだわけではなく、説得力は乏しい。 しかし、漫画原作者で評論家の大塚英志氏は「文化領域の産業が国策の庇護下に入るのは間違っている。制作側も望んでいない」と政府の関与に難色を示す。さらに、「漫画はディズニー作品の模倣から始まっており、理念なき輸出の拡大は米ハリウッドの更なる支配を利するだけ」と警鐘を鳴らす(関連記事参照)。 大塚氏は日本の漫画の最大のリスクは少子化による市場縮小だと指摘。「政府がどうしても口を出したいというのならば、例えば、今後10年間はアニメや漫画の著作権使用料を免除して、文化として発展させ、アジア市場全体の底上げを図ってはどうか。そのうえで日本がその一員として融合すれば、アジア市場はハリウッドに対抗できるかもしれない」と提案する。 世界を席巻する「MANGA」 (4/4)2007年03月13日 16時53分 更新
漫画喫茶に次ぎ、ケータイの漫画配信も
フェイスが欧州で展開する漫画の携帯配信事業(イメージ図)フランスで漫画喫茶が登場したが、伝統的なコミック本だけでなく、ITを用いた新たな漫画流通を試みる動きも出始めた。 携帯電話関連技術のフェイスは4月から、シャープが開発した携帯電話向け書籍閲覧ソフトを欧州で提供するとともに、漫画の携帯配信市場の開拓を目指すと発表した。 欧州最大手の漫画出版社、仏ダルゴー社と連携し、当初はフランスの作品を配信するが、近く日本の漫画作品の携帯配信も大々的に展開する意向だ。 携帯電話の通信速度がメガの世界に入り、データ通信料が定額制となったことを追い風に、携帯電話向けの漫画配信サービスは日本で急速に広まっている。1話を数十円程度で購入でき、いつでも好きな所で読める気軽さが受け、すでに日本国内の市場は120億円に成長している。 データ通信中心の第3世代携帯電話の普及が加速している欧州でも市場が見込め、フェイスでは2008年には50億円規模の市場ができると予想している。 同社の根津伸欣ライセンス事業部長は、「携帯ユーザーが漫画作品に触れる機会が飛躍的に増えるだろう」と述べ、漫画文化の拡大や売り上げ向上への効果を強調する。さらに、「既存の作品を携帯に配信するだけでなく、携帯発の作品があってもいい。もしかすると、携帯が漫画文化の中心になるかもしれない」と限りない可能性を思い描いている。 漫画を軸とする新風は世界各地で次々と吹いている。米国でも「ビジュアライズノベル」と呼ばれ、ファン層を獲得した「漫画」はすでに、世界各地で増殖の自律サイクルを始めている。 冷え込むジャパニメーション「日本のアニメは世界で人気」というが、現状は冷え込んでいる。低賃金・長時間労働が知れ渡ったアニメーターの人材不足や海外の下請け依存といった製作現場の現状は、「ジャパニメーション」の空洞化を招きかねない。2007年03月14日 15時19分 更新
世界に広がった日本の漫画という土壌から、「ジャパニメーション」という樹木が生まれた。国内外の興行収入が190億円に達した「ポケモン ミュウツーの逆襲」(1999年)、さらに、275億円の「ハウルの動く城」(2005年)などの世界的ヒットが登場。国際映画祭でも取り上げられるようになり、政府はアニメーションを「ゲームとならぶわが国の有力な輸出産業として注目されている」と位置づけ、本格的な振興策に乗り出した。 宮崎駿氏のスタジオジブリ、海外でも評価の高い「新世紀エヴァンゲリオン」や「イノセンス」をはじめ、全米のビデオチャートで1位を記録した「GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊」(劇場版、押井守監督、1995年)などを手がけたプロダクション・アイジーのような世界的スタジオも頭角を現し、日本のアニメ市場は2339億円(2005年)で邦画の1.2倍の規模となった。ジャパニメーションは世界の主要市場に普及、浸透した。 「日本のアニメが米市場に認められたのはやはり『攻殻機動隊』の映像作品が発売された95年あたりだ。しかし、当時はまだ、米国のアニメではご法度だったセックスや暴力の場面をマニアが楽しんでいた感があった。まだまだ、メーンストリームの若者文化ではなかった」。アイジー社長の石川光久氏(48)は日本アニメの米市場における興隆期を振り返る。 しかし、ジブリの「千と千尋の神隠し」(03年)が米アカデミー賞長編アニメ賞を受賞すると状況は一変し、広く大衆の支持を得るに至ったという。 その後、05年ごろまではポケモンシリーズ、ジブリアニメなどのヒット作が出るが、最近の米国でのジャパニメーションブームには一服感が出ている。 「作品の供給過多などが原因で、米のDVDアニメの市場はピーク時より約100億円も減少し、約400億円規模に縮小した。海賊版の影響もあるのかもしれない」(石川氏)。経済産業省の研究会でも「アニメの国際展開は短期的には冷え込んでいる」と認め、“森林化”に向け、次の方策を模索する。 中核人材が育たない日本のアニメーション業界は他のコンテンツに比べて改善すべき課題が多い。 アニメは日本だけではなく、米ハリウッドや中国、韓国なども作品制作に熱心だが、特に最近のハリウッドは、3DCG(立体コンピュータ・グラフィック)アニメの人気が高い。日本のアニメが強いといわれているのは2Dであり、3Dになると実は米スタジオに太刀打ちできない。今後、3DCGの流れが強まったときに対応するために、表現手法の多様化を推進する必要がある。 また、海外展開強化のためには、ローカライズ(現地化)が不可欠であり、企画段階からの提携や、現地人プロデューサーなどとの共同作業の必要もある。 プロダクション・アイジー社長の石川光久氏は、「これからは権利ビジネスではなく、コミッションビジネス、つまり、共同制作だ」と言い切る。同社は平成17年、世界最大のアニメ専門チャンネル、米カートゥーン・ネットワークと共同でオリジナルの新作アニメ「IGPX」の制作を開始。現在、日米双方で放映されている。 石川氏は、「単なる権利の売買ではなく、共同制作による波及効果で、世界最大の米のエンターテインメント・ビジネスの『川上』をめざすことが、日本のアニメ制作会社の生きる道だと思う」と、企画段階から海外進出を視野に入れた展開の必要性を指摘する。 しかし、日本のアニメ業界にとって最大の課題は、なんといっても人材育成、確保だ。企業の根幹であり、土台をなす部分だが、そこが揺らいでいる。 背景には、テレビ局や広告代理店の下請けという位置づけで制作を請け負ってきたアニメ業界の生い立ちがあり、低賃金や長時間労働などの問題点を解決できないまま、現在に至っている。 これまでは、多くのアニメーターの「好きだから」という情熱に支えられて成り立っていたが、若いクリエーターはゲーム業界などに流れ始めており、制作力の弱体化が懸念されている。 アニメーターの竹内志保氏(39)は、最初に手にした給与が2万5000円だったことを覚えている。 「どうやって食いつないでいたか、わからない。親に金を送ってもらったり先輩におごってもらったりはしていたと思うけど」 アニメーターの給与は、新人クラスで月5万円程度の基本給と、動画1枚いくらの出来高制となるケースが多いという。1枚200円の場合、300枚描けば6万円となり計11万円だ。 竹内氏の新人時代は1枚130~150円。「がむしゃらに描いていた。月1000枚描く人もいた」というが、アニメ業界では人手不足は常態化、人材基盤に対する懸念は絶えない。 「美少女戦士セーラームーン」などを手がけ、昨年設立50周年を迎えた老舗、東映アニメーションで約45年間、作画の現場を担当してきた吉岡修専務取締役(69)も、日本のアニメの製作現場の現状に危機感を抱くひとりだ。 「30年前は、30分のテレビアニメは週8本から10本だった。それがここ10年でぐんぐん増え、今では大体週103本前後。しかし、アニメーターの数はそんなに増えていない。だいたい国内のアニメーターは3500~4000人くらいで推移しているはずだ」という。 「作画作業を中国や韓国、フィリピンの下請けに外注に出すことは、昔から変わっていないが、こうした下請け体制は、日本のアニメの質を下げる可能性をはらんでいる。現在、原画製作は日本、動画と塗りの作業はほとんど海外の下請けに任せているが、本来、我々の世界では、動画を5~7年経験してから、原画を担当したものだった。ラフ画を清書するだけの動画と違い、原画は核の部分。映画でいえば俳優だ。いまのような分業体制を続けていれば、原画を描ける人材が日本では育たない」と懸念する。 しかし、原画が描ける人材の教育・育成は簡単ではない。「アニメーターのほとんどはフリーか作品ごとでの契約なので、原画を描ける人材を企業や国の機関が教育するというのは机上の空論になりやすい」と解決の糸口は見つからない。 官民で土台作りに着手
インターン生の高倉香恵さんを指導する瀬谷新二作画監督=埼玉県新座市の手塚プロ・スタジオ(撮影・矢島康弘)紙をめくる音が響くほどシンとするなか、アニメーターたちが机に向かっている。アニメ制作会社「手塚プロダクション」の埼玉県新座市のスタジオ。1月末からインターン実習に来ている専門学校生の高倉香恵さん(23)は「静けさに驚き、感動もした」という。がやがやと慌ただしい現場のイメージを持っていたが、まったく違った。 週6日、朝10時から夕方6時まで。この1カ月余り、振り向く、歩く、走るといった基本動作の動画作りから入り、風になびく旗の動きなどをB鉛筆で描いた。後半は課題が与えられ、自分で動きを作る演習を重ねた。 実習最終日を翌日に控えた今月8日、高倉さんは一心不乱にピエロを描いていた。大きな玉の上でバランスを崩し今にも落ちそうなピエロの画と、地面に倒れている画の2枚だけ与えられた。 「この間にどんな動きでもかまわないから自分で作ってごらん」と指導に当たる作画監督、瀬谷新二さん(47)がいう。高倉さんは黙々と描き続けた。 わざと難しい課題を与え、現場で使えるかどうかを見極める。ピエロはその1つだ。「才能のある人は経験がなくても何とかする。課題の意図が瞬時に理解でき、本能的にできる人がほしい。ある程度の資質をもってくれないと、教えても無駄になることが多い。特殊な才能を要求する仕事ですから」 瀬谷さんが近寄り、仕上がり途中の動画をぱらぱらめくる。「枚数が増えてもいいよ。ふくらませてかまわない」と助言すると、高倉さんは真剣なまなざしで聞き入れた。 専門学校のアニメ科に在学中の高倉さんは「学校では1つの課題を2~3週間かけてゆっくり教わる。日本動画協会の講座は短期間でレベルが高く細かいところまで教わり、ここではさらに細かく、線一本に関するところまでご指導いただいている。慣れるまでは大変だったけど、あっという間だった。密度の濃い時間をすごせた」。映画上映やテレビ放送用の仕事に直接かかわらなかったが、「現場にしかない知識や空気がある」と実感を込める。 考え方も変わった。「以前は漠然とアニメの仕事を志していたが、より現実感が増してきた。早くプロを目指してがんばりたい」と将来をみすえる。 高倉さんは、アニメ業界団体「日本動画協会」が経産省の支援を受け、昨秋から始めた「アニメーター養成プロジェクト」に参加する1人だ。 アニメ制作で中核となる優秀なアニメーターを目指す人材を見いだし、育成する方法を探る実験的なプロジェクトだ。作品の質や独自性を左右する「原画マン」としての資質があるか見極めようとしている。 150人近い申し込み者のうち、1次と2次試験を突破した15人が昨年11月末から5週間にわたり動画と原画の講座を受けた。最終的に11人が、制作会社7社で1カ月余りインターン実習を行った。 専門学校などで行われている従来の育成と異なり、対象人数を絞ったうえで、作画監督など現役アニメーターが直接指導にあたった。「実際に作っている人からの指導は、受講生のモチベーションが上がり、技量もアップし、自信につながる」と日本動画協会の高橋英治事務局次長。 選考や原画指導などプロジェクト全体にかかわった手塚プロの瀬谷さんは「これまでアニメ業界は専門学校の教育にお任せで、卒業生を受け入れるだけだった。余裕がなく、各社が個別に人を育てていた。今回は原画が描ける人ということで敷居が高く、1人も残らないのではと最悪の事態も想定したが、何人かは戦力として生き残れるだろうという感じはする。業界が踏み込んだことはよかった」と手応えを感じている。 今月13日、東京・秋葉原でインターン実習の修了式が行われ、高倉さんを含む3人が制作会社に採用された。経産省と同協会は、このプロジェクトを来年度も続ける意向だ。 「クリエーター大国の実現」。政府がデジタルコンテンツ振興のために掲げた3つの基本目標のひとつだ。官民共同の土台作りは、実を結ぶだろうか。 海外でシェア落とす日本製ゲームソフト海外で日本製ゲームのシェアが減り続け、「存在感も低下しているという。「元の作品とは似ても似つかない」という「ときメモ」米国版をコナミが投入するなど、ローカライズの努力も続いているが、カギはやはり人材育成だ。2007年03月15日 17時42分 更新
「海外市場ではゲームソフト市場が2倍、3倍に成長しているのに、日本のソフトはそこに食い込めていない。海外出荷高は横ばいだ」 コンテンツ産業の拡大を目指す経済産業省メディア・コンテンツ課の井上悟志課長補佐はこう指摘し、ゲームソフトの輸出拡大の必要性を強調する。 同省の資料によると、家庭用ゲームソフト市場は2001年から05年にかけて、欧州では1798億円から5467億円へと約3倍に急増、北米でも3385億円から7117億円へ2.1倍増となった。 しかし、日本のゲームソフトメーカーの海外出荷高は、01年の2532億円から03年には1993億円へと減少。05年には2528億円へと回復したが、ならしてみると一進一退にとどまっており、シェアは6割から3割に半減した。 市場の成長力に差がついた原因は、ゲーム機の普及が早かった日本の方が先に成熟期を迎え、欧米が後から急成長しているからだ。とはいえ、日本より市場規模の大きい欧米で、出荷がほぼ横ばいだった日本製ゲームのシェアは減り続けており、「存在感さえ低下している」(井上課長補佐)という状況を招いている。 しかし、携帯型ゲーム市場が拡大基調にあるゲームソフト業界の切迫感はそれほど強くない。 業界団体であるコンピューターエンタテインメント協会(CESA)の和田洋一会長(スクウェア・エニックス社長)は、「5、6年前までは、国内市場の成長につれて業界も大きくなった。その国内が飽和状態に達したが、成長のために海外市場に目を向け始めたのはは最近のことだ。本格的な海外展開はこれからの課題となる」と語る。これに対し、経産省は「日本の存在感が低下している」(井上課長補佐)と危機感が強い。 問題はローカライズ
国によって受けるゲームは全く異なると説明する日本ファルコムの山崎伸治社長=東京都立川市の本社ゲームソフトにとって、海外市場の開拓は簡単ではない。まず、国によって売れ筋ジャンルが違う。自社製ゲームソフトの多くを海外向けにローカライズして販売している日本ファルコム(東京都立川市)の山崎伸治社長は、「日本のユーザーは、ファンタジーや冒険など独自の世界観やストーリー性に感動するが、米国はスポーツやアクション系ゲーム、欧州ではルールや表現が面白いゲームの人気が高い」と経験則から解説する。 また、言語の翻訳はもちろん、現地のルールや規制に合わせて内容変更を施す「ローカライズ(現地化)」が必要だ。そのうえ、お国柄に合わないと人気が出ない。 コナミデジタルエンタテインメントは数年前、90年代に国内で爆発的にヒットし、「萌え」ブームの火付け役となった恋愛疑似体験ゲーム「ときめきメモリアル」の米国販売を計画。コンピューターグラフィックス(CG)の“日本的美少女”はそのままに、英語にだけ翻訳してモニターテストをしたが、評価は最悪だった。 しかし、国内でシリーズ230万本を売った商品を何とか生かしたい。石塚通弘ゲームソフトカンパニープレジデントは「日本的な美少女キャラや、純情なストーリーは米国では受け入れられない」と分析。舞台設定や登場人物のCGを変えれば、ゲームの仕組み自体は受け入れられるはずだ-と考え、米子会社がキャラクターの変更などについて研究。「プレーヤーが愛着を持てる登場人物にすることが重要」として、12~35歳の男女に市場調査を繰り返し、いくつも創造した中でもっとも人気が高かったキャラクターを選出した。 1年半の制作期間を経て完成した「米国版・ときメモ」といえる「Brooktown High」のCG映像は、「元の作品とは似ても似つかない」(石塚氏)。結局、恋愛シミュレーションというテーマだけが共通で、中身はすべて違うほど変容したというが、同社は「米国市場に対するコナミの挑戦」と意気込んでおり、近く全米に投入する。 オンラインゲームはキャッチアップできるか
オンラインゲームの運営ノウハウは韓国が優れていると謙虚な姿勢をみせるガンホー・オンライン・エンターテインメントの森下一喜社長ブロードバンド(大容量高速)通信の普及で急加速する新市場がオンラインゲームだ。ゲーム専門誌を発行するエンターブレインの調査によると、日本国内のオンラインゲームの市場規模は昨年、約1560億円に達し、平成22年には3095億円へほぼ倍増すると予測している。 韓国、米国が先行し、日本は後塵を拝している分野だが、家庭用ゲーム機を活用したネットゲームへの取り組みは早かった。ブロードバンド(高速大容量)通信による常時接続が普及していなかった平成14年、スクウェア(現スクウェア・エニックス)は多人数同時参加型の「ファイナル・ファンタジーXI」を投入した。11年から150人のクリエーターが2年半をかけて開発。スクウェア・エニックスでは、「オンラインゲームは発売して終わりじゃない。遊んでいる人の動向、意見を見ながら、今も数十人体制で2カ月に一度はゲームの世界の拡張を続けている。それを含めれば、もう8年ほど開発していることになる」と話す。 しかし、数百万人というユーザー数を誇る米国の「ワールド・オブ・ウォークラフト」や「セカンドライフ」、韓国の「ラグナロクオンライン」「リネージュ」には遠く及ばない。ネットゲームの主流はパソコンベースとなっている。 日本がオンラインゲームに出遅れたのは、コンシューマーゲーム機の分野での強みが裏目に出た結果だ。パソコン用ゲームの分野が育たず、オンラインゲームへの発展につながらなかった。その一方、韓国がオンラインゲームの分野でリードしたのは「PC房」と呼ばれるネットカフェが普及していたことに加え、「海賊版ソフトが跳梁跋扈したがためにコンシューマー機が定着せず、毎回ユーザー認証が必要なオンラインゲームが発達した」(ゲーム関係者)という見方がある。 いずれにしてもネットゲームの主流はパソコンべースとなっており、最近では米、韓から日本への逆上陸が相次ぐ。国内最多の参加者を集める「ラグナロクオンライン」は、韓国製ゲームを日本向けにローカライズしたものだ。 運営元のガンホー・オンライン・エンターテインメントの森下一喜社長は「ゲームの楽しさそのもので日本は決して劣っておらず、むしろ韓国が日本のゲームの作り方を取り入れている」と一日の長を指摘する。この一方で、「オンラインゲームは参加者同士が気軽に声をかけあえるコミュニティのような機能が必要で、そのあたりのシステムや運営面のノウハウを韓国勢は熟知している」と、謙虚にノウハウを吸収する姿勢をみせる。 同社はソフト制作会社を傘下に収め、独自開発のオンラインゲームのサービス開始を目指している。 オンラインゲームは売り切り制のパッケージソフトと異なり、継続的にサービスを提供し続けるため、サーバーの保守管理や顧客対応に費やすコストや労力も膨大で、初期投資の回収に時間がかかる。ただ、早くサービスを開始した会社が顧客を継続的に確保できる「先行者メリット」が働きやすいため、日本勢が市場を制するためには早期の巻き返しが不可欠といえる。 ここでもカギとなるクリエーター育成
国を挙げた人材育成の必要性を指摘するデジタルエイタテインメントアカデミーの平野雅一郎校長=東京都新宿区海外市場でシェアを落とし、オンラインゲームでも出遅れた劣勢の日本のゲーム業界の反転攻勢には何が必要だろうか。 最近の日本のゲーム業界は、需要が高い携帯ゲーム機や携帯電話向けの簡易なソフトに傾倒しており、ゲームソフト産業は任天堂のDSやソニーのPSPといった新型のポータブルゲーム機向けソフトや、携帯電話向けソフトの需要増加に活気づいている。 特にDSでは、子供たちに人気のポケットモンスター関連ソフト2本が、発売からわずか3カ月で計500万本を突破したほか、「脳を鍛える大人のDSトレーニング」「どうぶつの森」も300万本を突破するなど大ヒットを連発。同社は「従来はゲームの複雑化がゲーム離れを招いていた。新しいゲーム機やソフトで新しい体験を提供することで、市場は再び盛り返す」と自信を深めている。 しかし、エンターブレインの浜村弘一社長は、「DSや携帯電話向けの簡易なソフトでゲームの新しい楽しみを追及する取り組みと、ソニーのプレイステーション3やオンラインゲーム向けの複雑なソフトの開発の両方に取り組まなければ開発能力が偏る」と長期的視点にたった人材活用の必要性を訴える。 ゲーム制作者を養成するデジタルエンタテインメントアカデミー(東京都新宿区)の平野雅一郎校長は、「日本のゲームクリエーターの創造力は決して落ちているわけではない」と前置きしつつも、国際競争で勝ち抜くために「今まではクリエーターの素質や努力で良いゲームを作ってきたが、今後は能力を伸ばす環境整備に国レベルで取り組む必要がある」と提言する。 CGや音楽の高度な表現に加え、優れたゲーム性や物語性が求められるゲームソフトづくりは、ビジネスソフトよりはるかに難しいとも言われるためだ。米国や韓国は国や大学が人材育成に熱心だが、日本の大学はゲーム産業に無関心で、クリエーター教育の出遅れにつながっていることを課題に挙げる。 日本の国際競争力強化のためには、クリエーターの能力強化はもちろんだが、多業種の業界慣習を理解し、ビジネスとしてのゲーム運営ができるプロデューサー能力を持つ人材が不可欠となる。「ゲームが好きだから」というだけの“オタク”的視点で対応できる時代は終わっている。 YouTube 動画がつなぐ人と人「Googleの理念に従い、情報と人をつなげてゆくということを考えた場合、動画を考えないわけには絶対にいかない」──気軽な自己紹介や若手による短編映画。短い動画がネットを行き交い、情報、人、才能を結んでいく。2007年03月20日 18時22分 更新
BarTubeで情報発信文化を
客が参加して短編動画を作成し、すぐにネットで全世界に動画を公開する「BarTube」=東京都渋谷区(撮影・山田俊介)「バーチューブ、ナイト・ラーイブ!」 店内に拍手がわく。酔客も混じっている。司会者2人の間で恥ずかしそうにしていたゲスト出演の女性客が、次第に冗舌になる。「これ、ユーチューブにアップしますよ」と司会。 「えっ、いつですか」と驚く女性。仕事帰りに一杯やるつもりが、いつのまにかビデオカメラの前に座っていた。そんな様子がありありと見える。 1月中旬の週末、東京・渋谷。若者たちの喧噪とは対照的にセンター街の奥はひっそりしている。その古びた雑居ビルに、ビデオ投稿スタジオ付きのバーがある。 ドアを開けると目前にバーカウンター。狭く、薄暗い。そこまではよくある店と同じだ。左奥に進むと様相は一変する。10人も座ればいっぱいになるソファやいすが、1つのテーブルを囲む。この空間がスタジオに早変わりする。収録後に米動画共有サイトのユーチューブなどに投稿することから、店名はユーチューブをもじってBarTube(バーチューブ)。昨年11月に開店した。 オーナーは神田敏晶さん(45)。10年余りにわたるビデオジャーナリスト経験から、「映像ほどリアルな表現手段はない」と実感した。映像表現の楽しさを、ユーチューブを使って体感してもらいたいという。バーではビデオカメラやパソコン、光高速回線が用意され、ドリンク代だけで世界に自分を売り込むことができる。飲みに来たついでに収録するといった気軽さだ。 神田さんと、共同オーナーでクリエーティブディレクターの佐藤豊彦さん(48)が司会し、ソファやバーカウンターで友人とくつろいでいた客が突然ゲストとして呼ばれる。 職業について尋ねたり、将来の抱負を聞いたり。たわいない世間話から政治ネタまで硬軟さまざま。手慣れた司会陣は、酒を飲みながらいいたいことをいう。規定の10分以内に収録は終わる。映像はハイビジョンだ。 編集せずにアップロードする。テレビと違い、すべてをさらけだす。ホームビデオに似てはいるが、見知らぬ客も見つめる中での収録で、ユーチューブやrevver(レヴァー)などに投稿するため、世界中の人びとに自分たちの姿をさらすことになる。緊張感とリラックスが交差する。店内のスクリーンで、ユーチューブにアップした自分たちの姿を見ながら話に花を咲かせる客もいる。 ゲスト出演したコンピューター会社に勤める永嶋愛さん(31)は初来店という。「ウェブでアップされると思うと、すごくドキドキする。ふだんはあがり症ですが、狭いし、人があまりいないから楽に話せた。恥ずかしいけど、気持ちいい。なぜかいっぱいしゃべってみたくなる」 佐藤さんは「インターネットの役割はボーダーが下がることによってヒエラルキーも崩壊する。上からメッセージを発信することがメディアだったのが、今は逆転して、コンシューマー(消費者)が発信するものをメディアが吸収してフィードバックする。きのうまで普通のお姉さんだったのが、突然バーチューブ・デビューして多くのページ・ビュー(ページが視聴された回数)がつくこともありえる。そこがおもしろい」と語る。もちろん、内輪受けの場合もある。 バーを開いた理由について神田さんは「情報発信する楽しさを共有したかった」と話す。ユーチューブに日本のテレビ番組などが無断投稿され問題化しているが、バーチューブは自前の収録だから違法性はない。今後は、いかに商業利用につなげるかが課題ではあるが、神田さんは「海外の女性などは自分の部屋で撮ってアップロードしているが、日本人は素顔をさらして語ることがほとんどない。情報発信していく文化がつくれたら」と文化的な側面を強調する。 「狭いスペースだけど、昭和生まれは少なくとも集まれる場がほしい。リアルな触感がすごく重要。世界中にこういう場があれば」 最先端のデジタル技術を用いながらも、最終的に求めるものは人と人との確かなつながり。アナログ的な答えが返ってきた。 グーグル副社長にユーチューブを聞く
グーグルのデービット・ユン副社長(撮影・鈴木健児)YouTube(ユーチューブ)に代表される動画共有サイトに集まる動画作品は、プロやセミプロが制作したオリジナル作品もあるが、問題となっているテレビ番組などの違法投稿も多く、まさに玉石混交。しかし、サイトとしての集客力は凄まじいものがあり、集合体としてコンテンツ力はある。 昨年11月に16億5000万ドル(約1950億円)の巨費を投じてユーチューブを傘下に収めた米グーグルのデイビット・ユン副社長(コンテンツ提携担当)は、ユーチューブ動画のコンテンツ力について、違法投稿動画よりもオリジナリティが高い動画の比率が高く、それらについては魅力があると期待を示している。 以下はユン副社長との一問一答。 ――16億5000万ドルの価値があると判断した理由は ユン副社長「うわさや予測は10月からあったが、買収が承認されたのは昨年11月後半だ。まだそれほどたっておらず、グーグルの技術や国際展開を生かすのはこれからだ。ただ、グーグルの企業理念に従って、情報と人をつなげてゆくということを考えた場合、動画を考えないわけには絶対にいかない。自社でも動画サービスを展開したが、ユーチューブは世界的な現象となり、成長率ではどこも勝てない状況になっているというのが我々の判断だった。グーグルはこれまでもそうだったが、まず、情報とユーザー、コンテンツ主を結びつければ、ビジネスは後からついてくるという考え方であり、ユーチューブはまさにその結びつきの部分で抜きんでていた」 ――動画共有サイトの広告ビジネスは伸びが鈍いという予測もあるが ユン副社長「ユーチューブは世界的に展開しているし、内容も決してエンタメ一色でなく知識啓蒙、教育なども数多くある。ロングテールモデルの中で、いわゆる『ヘッド』部分と『ロングテール』部分の中間の「トルソー(胴体)」部分に属するコンテンツが多く、独自の魅力は強いと感じている。また、ロングテール部分にしても、すべての投稿ビデオの半分は、最低1回は見られており、ここにも魅力はある。このような特性を考えれば、TV広告と食い合うのではなく、共存・相互補完の関係になるのではないか」 ――ところで、今回の来日の目的は、JASRACや日本のテレビ局との著作権問題の協議だが、話し合いは順調に運んだか ユン副社長「非常に良い機会を持てたと思っている。ユーチューブ共同創業者の2人が、事業の関係で外国を訪れたのは初めてであることも、われわれが日本のコンテンツホルダーとの関係を、どれだけ真剣に考えているかを示していると受け取っていただければ幸いだ」 ――なぜ、日本を最初の訪問先に選んだのか ユン副社長「グーグルもユーチューブも日本を重視しているためだ。企業として日本を重視している。ユーザーは非常に洗練されており、コンテンツオーナーも強い好奇心をもってパートナーシップの可能性を探っている」 ――協議後の会見で日本側は、「100%満足したわけではないが、協議できたことは良かった」と述べた。同じように考えているのか ユン副社長「昨日は双方が初めて顔を合わせたが、非常に生産的だった。ただ、問題は極めて複雑であり、日本側とわれわれ、さらにはユーザーが受け入れられる解決策にたどりつくまでにはしばらくの時間が必要だろう」 ――協議の中では、ユーチューブに日本語で違法著作物のアップロード禁止を呼びかける文言を掲載するとともに、グーグルが著作権違反の動画をアップできないようにする技術を提供するとの申し出があったというが、具体的にはどのような技術で、どの時期に使われるのか ユン副社長「グーグルもユーチューブも、著作権者の権利を保護するテクノロジー、啓蒙方針、運営方針を持っていることは強調しておきたい。一方、ユーザーの誰もが、知的所有権関連の法律を理解しているわけではない。多くのユーザーは、自分が撮影したビデオを投稿しているが、その際にミスが生じている。著作権違反は単なる過ちであり、多くは悪意を持っているわけではない。だからこそ教育が必要だ。また、無意識の違法を防止する試みも行っている。ビデオ撮影をして音楽を挿入すれば合法ではないが、レコード各社と交渉して、このような個人による音楽使用を認めてもらった」 ――技術面の対応はどうか ユン副社長「著作権者が削除申し立てを行い、われわれがそれを検証した後は、同じ動画がアップされても、自動的に公開を拒否できる技術を持っている。さらに、同じユーザーが違法コンテンツの投稿を繰り返し、ミスではないと判断した場合には、そのユーザーのアカウントを削除し、問題となったものだけでなく、そのユーザーがアップしたすべての動画を削除するというポリシーも採用している。また、技術は今後も改善してゆく。例えば、違法動画が再投稿された場合、一部だけを切り取って投稿される場合がある。これを見つけることは極めて難しい。現在、開発中なのは、音声認識技術を使い、投稿拒否を行うべき動画については、断片であっても探し出せるようにする技術だ」 ――日本のテレビや音楽などの事業者は許諾に消極的なのではないか ユン副社長「グーグルはコンテンツ企業ではなくテクノロジー企業であり、自らのコンテンツは持っていない。だからこそ、われわれはコンテンツ企業をパートナーと考え、技術的なプラットフォームを提供することで彼らの事業も拡大するような提案をしている。もちろん、将来には不確定な部分があり、それが一部の事業者を不安にしているのだろうが、われわれは技術革新と消費者行動の変化の中で、オンライン事業は『脅威』ではなく『好機』になると確信している。コインの裏表のようなものだが、われわれはこの問題に2つのアプローチをとっている。一つは、コンテンツホルダーの懸念を本質から理解し、彼らの権利保護を真剣に考えることであり、これを防御的アプローチと呼んでいる。その一方、攻撃的アプローチもとる。消費者の考えや行動が変わっていることは止められず、これをどう利用すればいいのかという考えに基づき起こす行動だ。例えば、オンラインでの露出増加により、視聴率アップや販売増につながるのではということだ」 ――著作権違反のない、クリーンなユーチューブに魅力はあるのか ユン副社長「投稿ビデオの大半はユーザ-が撮影したものであり、視聴回数ランキングでも、こういったユーザー投稿は決して著作権侵害のコンテンツに負けていない」 ――ところで、グーグルビデオはどうなるのか ユン副社長「ユーチューブは今後も、独立会社として事業を進め、成長して欲しい。グーグルビデオは、ユーチューブを補完する形で特色を生かしてゆく。時が経つにつれ、検索に特化するだろう。ユーザーの投稿先はユーチューブとなる。現在、グーグルビデオに投稿しているユーザーに対しては、ユーチューブへの移転機会を作る。 Web2.0時代のコンテンツ育成
2月23日に行われた小田原映画祭。多くの短編動画や携帯向け動画作品が集まった=神奈川県小田原市動画共有サイトに投稿されるプロ並みの動画に加え、最近は高速化する携帯電話向けの動画コンテンツも増えている。急速に広がる出口に対して、ここでも消費者を引きつけられる質の高い作品は不足気味。このため、力あるクリエーターや作品の発掘を目指す映画祭は世界中で毎日のように開催されている。 神奈川県小田原市で2月23~25日に開かれた「第2回小田原映画祭」もそのひとつ。その目玉は、「ショートフィルム(短編映画)」と「携帯ミニミニムービー」の2部門のコンテストで、今回は各151、37の作品が応募された。実行委員長で俳優の阿藤快さんは「映画・映像界の将来を担う若き才能を発掘し、支援したい」と語り、会場となった市郊外のシネマコンプレックス「小田原コロナシネマワールド」は映像作家の卵たちの熱気に包まれた。 20分以内の作品が対象のショートフィルムに対し、携帯ミニミニムービーは30秒~1分程度とさらに短い。プロからアマチュアまで、誰でも気軽に参加してアイデアやテクニックを競える垣根の低さが特徴だ。また将来、携帯電話への動画配信の需要が増えることを見越し、その分野の第一人者を育成する狙いもある。 金賞に輝いた「日本の夏」は、厳しい暑さの中、冷やしたスイカを父娘でほおばる様子を描いた作品。短い映像で、親子の交流、スイカの美味しさ、日本的な風情を描き切っている。小野寺昭憲監督は16歳から映像制作を始め、今はプロとして活躍する26歳。短編を得意とする気鋭の映像クリエーターだ。 同映画祭実行委員の映画プロデューサー、露木栄司さんは「10数年前までは、映像を発表する手段は映画館かテレビ放映しかなかったが、今はインターネットや携帯電話でも配信できるようになり、短い動画が独立したジャンルとして確立されつつある」と指摘。応募作品の水準や表現手法はさまざまだったが、「映像作りを始めたばかりの人に、テクニックにこだわらず面白い作品を撮ってもらいたい」と語る。 映画祭と呼ばれるイベントが世界で年間400以上も開かる中、短編部門の創設や短編映画祭開催は一種のブームとなっている。国内でも最近4、5年で急増した。若手クリエーターの「青田買い」という役割に加え、「ネットでの視聴にちょうどいい作品」として、短編そのものの価値が注目されているからだ。 このため小田原映画祭では、作品の芸術的価値だけでなく、大衆に受け入れられるかどうかを重視。ショートフィルム部門は、映像の素人であるボランティアの運営スタッフが一次審査を行い、携帯ミニミニムービーはネット上の投票で受賞作品を決定した。 こうして裾野が広がる短編映像は、国内外の市場で有力なコンテンツに成長するだろうか? 露木さんは「日本の若い映像クリエーターたちのレベルは高い。短い作品で日本人独特の文化や情感、間(ま)を表現できるようになってきた。海外作品にない強みだ」と、日本のクリエーターの作品の“質”の向上は著しいと強調。「こうした特徴をどうやって紹介し、ビジネスに結びつけていくかが、われわれ映画祭運営者の課題」と考えている。 ただ、野村総合研究所主任コンサルタントの北林謙氏は、「ショートムービーがメディアとして成立するには10~20年は必要。まだ試行錯誤の段階」と評価を下さない。ビジネスとして成立するかどうかについても、「可能性はあるが、まだ規模は小さい。そもそも経済的成功が主眼ではなく、自分の作品を広めたいというだけのクリエーターも多い」と、既存のコンテンツとは一線を引いている。Web2.0時代の主力と目されている動画のコンテンツ力に対する評価は、まだ定まっていない。 「日本のドラマは論外」 希薄なテレビ業界の意識安易な企画とタレント頼み、文化の違い──フォーマット販売で健闘している部分もあるが、国内向けテレビ番組のコンテンツ力は世界市場では疑問符。しかも、業界は海外進出の必要性をまだ感じていない。2007年03月16日 16時31分 更新
台湾で人気のフジドラマ「空姐特訓班」──台湾の日本のテレビ番組専門チャンネル「ビデオランド」では現在、昨年4月に放送された「アテンションプリーズ」(フジテレビ系)が放送されている。アジア圏の中で、日本のテレビ局は例外的に規模が大きく、制作する番組の質も高い。 親日国として知られる台湾には現在、日本のテレビ番組専門チャンネルが3つもある。中でもフジのドラマの人気は若者を中心に高く、毎週月-金曜の午後9時から「富士哈日劇」というフジドラマのレギュラー枠が設置されているほどだ。 フジはアジアへの番組販売では圧倒的な強さを誇る。販売先の45%が台湾で、中国、シンガポールなど中華圏を合計すると全体の8割近くになっている。 フジ国際局の田信揆部長は「日本では、ドラマは週1回、3カ月かけて放送するが、アジアでは毎日放送するのが基本なので、2週間で終わってしまう。ソフトが大量に必要なので『新しいドラマなら全部くれ』と言ってくるところも多い」と話す。 韓国ドラマの席巻がうわさされたが「あちらは視聴者の年齢層が高く、スポンサーはやはり若い層に人気がある日本のドラマを好んでいる。2002~03年ごろには韓国ドラマに勢いがあったが、最近は収束気味だ」と田部長は分析している。
「テレビ番組の振興はコンテンツ政策の中心テーマ」と語る慶応大学の中村伊知哉教授ドラマ人気で、観光振興に結びついた韓国の成功例に力を得て、経済産業省の「コンテンツグローバル戦略研究会」では、映画、アニメ、ゲーム、音楽、マンガ、キャラクターと並んで、テレビ番組を世界に売り出すべきコンテンツとして挙げている。 慶応大学教授の中村伊知哉氏は「テレビ番組は日本の映像コンテンツの大半を占めており、その振興はコンテンツ政策の中心テーマだ」と断言する。 テレビの広告市場が巨大とはいえ、インターネット広告に浸食される危機にさらされているのは事実だ。また、最新の家庭用ゲーム機はインターネットにも接続できる。中村教授は、子供たちがゲーム機で米国の動画投稿サイト「YouTube」に接続し、違法投稿された日本のテレビ番組を見ている──という例を挙げ、「こんな状態では、広告主はテレビではなくネットに広告を出した方がよくなる。放送電波というインフラの役割は縮小しつつある。テレビ局自身がコンテンツを多面展開するビジネスを進め、商機を増やすべき」と指摘する。 日本のテレビ局の番組制作能力は高く、「米国よりももっと多面的なビジネスができるはずだ」と期待するが、一方で番組内容をめぐる不祥事が続いたり、アイドルやお笑いタレントの人気に頼る安易な番組づくりが横行していることを憂慮し、「テレビの魅力は弱まっている。今こそコンテンツの力が問われている」と訴え、海外市場を開拓する過程で、質の向上を目指すべきと提言する。 日本のドラマは論外とデーブ・スペクター氏台湾で大人気の日本のテレビドラマだが、海外のテレビ番組に詳しい放送プロデューサーのデーブ・スペクター氏は、米国に比べると「日本のドラマは論外。演技も良くないし、ストーリーに工夫がない。アクションも白々しい。ドラマの質や現実感とは関係なく人気モデルなどを起用し、力のある芸能プロが売り込む俳優やタレントを使わざるを得ない業界構造がある。それでは本当にいいドラマは作れない」と手厳しい。 国際競争力があるテレビコンテンツの例として、米ドラマ「24」や「プリズン・ブレイク」「ザ・ホワイトハウス(原題ザ・ウエストウイング)」「ザ・ソプラノズ 哀愁のマフィア」、オーディション番組「アメリカン・アイドル」などを挙げ、「リストアップに限りがない」と秀作の多さを示す。 「米ドラマは制作に潤沢な予算と時間をかけている。地上波放送やDVD化など先々の展開を考え、最高の脚本家とキャストを集め、完成度の高いドラマを作っている。当然おもしろくなるし、世界中で売れる」 日本のテレビ番組が海外で通用するには何が必要か。 スペクター氏は「海外進出という考え方に無理がある」という。「日本に興味ある人を除けば、欧米人は苦労して字幕を見たがらない。1時間も日本人キャストを見続けるのはつらい。メキシコや南米の昼ドラマは現地で人気だが、米国ではスペイン語のできる人しか見ないのと同じ」と言葉の壁を指摘する。 「アジアの中ではドラマの完成度が高いので、アジア向けに絞る手もある。いちばん売れそうなのはクイズ番組のアイデアだが、日本の文化を積極的に海外に売り込む必要はない。ましてネット時代だし、王道を歩めばいい。本当にいいものであれば口コミで伝わり、日本語バージョンを見るなど関心ある人は積極的にアプローチしてくる」 日本臭があると売れない
国内最強のコンテンツ制作集団の吉本興業。「コンテンツ力には自信がある」と語る中井秀範・権利開発センター長無論、日本もテレビ番組の2次利用を進めている。1950年代後半までのハリウッドのように、タレントマネジメント、番組制作、配給を一社で抱える吉本興業は国内最強のコンテンツ制作集団のひとつだ。 ネットコンテンツを手がける東京電力との合弁事業キャスティの社長も兼任する吉本興業のデジタルコンテンツの総括責任者、中井秀範・権利開発センター長は「テレビ放映した番組を収録した1枚3800円のDVDが36万枚も売れる。そういうものを作っているという自負がある」とコンテンツ力に自信を示す。 番組の2次利用だけではなく、キャラクター商品などにも裾野を広げる。 「うちは芸人さんを抱え、制作機能を持ってますから著作権処理が簡単、コンテンツビジネスを広く展開しやすい」という。商品販売を左右するのは番組のおもしろさで、コンテンツ力を重視する。 しかし、海外展開となると質の前に、言語や人種などの問題が立ちふさがる。 NHKの番組販売を手がける国際メディア・コーポレーション海外販売部の今村研一担当部長は、「NHK臭、もっといえば、日本臭がしないものでないと売れない。たとえば日本人のアナウンサーが出てきた時点で、もう、売れなくなってしまう」と訴える。 海外の番組を買う場合でも似た状況は起こる。「あるコンテンツマーケットで、マルコポーロを描いた番組に目をつけたが、マルコポーロが謁見した中国の皇帝を演じていたのが白人だった。そのとたん、ああダメだ、となった」 今村担当部長は「売れるのは自然ものや紀行もの、日本の料理、秋葉原などの先端の街を描いたもの。相撲もストレートなスポーツとしては売れず、文化的な描き方をしたもの。あとは、たとえばインドネシアの災害の時には地震対策の番組などが売れた。ただし、ドキュメンタリーはほとんどの場合買い手がつかない」という。 また、ドキュメンタリーは買い手がついてもビジネス的にはなりたたない。 「仮にNHKスペシャルを1本、5000万円かけて作ったとして、できた50分のものを海外に売りに行くと、よくて100万~200万円になってしまう。アジアに行くと数百ドルということもある。要するに儲からない。そうしたコンテンツを政府主導でドーッと売れるかどうか」 もちろん、言葉の壁も大きい。「販売するときには、英語の見本版を作らなければならない。それだけで、1本100万や200万円はすぐにかかってしまうが、英語をつけたからって、売れるものではない」 フォーマット販売が威力
TBSで放送されていた参加型番組「しあわせ家族計画」チェコ版。欧州やアジアなどにフォーマット販売されたドラマの場合も売り込みは難しい。NHK編成局ソフト開発センターの楢島文男統括担当部長は「中国ではなかなか放送してもらえないし、韓国も難しい。タイや台湾はよく売れていたが、近年、台湾もおもしろいものを作ってレベルが上がってきてからは売りにくくなってきた。もちろん欧米は全然だめだ。日本人が出ているドラマを見ようと思わない」 しかも、海外では本数を要求されることもネックだという。「最近のNHKドラマは6回シリーズ。民放でも連続ドラマは13本くらい。それでも毎日放送する国では2週間で終わってしまう。圧倒的に本数が足りない」 特殊事情もある。「量なら大河ドラマと朝の連続テレビ小説だが、ドラマのなかに戦争が描かれると、アジアではとたんに売れなくなる」と説明する。 そういう意味で、NHK最強の国際コンテンツは「おしん」だった。アジアや中東、南米では強さを見せ、当初は外務省の外郭団体を通じて無償提供されていたものが、いまも売れ続けている。 「貧しい暮らしのなかでおしんが成長していく物語を、広く観てもらえた。当時の貧しい国に日本も仲間としてみてもらえた部分もある。そういう点では『おしん』の国際貢献度はすごい。ただ、そこまでのドラマは『おしん』だけだ」 文化や人種に対する反発を解決する販売手法が、番組のアイデアやノウハウを売るフォーマット販売だ。TBSはこの分野で欧米への番組販売に強み見せる。 事業本部コンテンツ事業局の杉山真喜人部次長は「アニメ以外の実写ものは、アジア以外ではなかなか売れないのが現状」という。どれほど面白い番組でも、映像的に強い違和感を覚えるからだ。そこで枠組みだけを売り、現地で作り直す「フォーマット販売」方式が採用されることとなった。 同社では1988年に「加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ」の「おもしろビデオコーナー」フォーマットを米ABCに販売。現在も続く長寿番組として人気を呼んでいる。 このほか、「しあわせ家族計画」や「未来日記」「わくわく動物ランド」などさまざまな番組のフォーマットを約100カ国に販売。その内訳は北米25%、欧州20%、中国・韓国など東アジア25%となっている。 「タレントの力に頼る番組は、そのタレントを知らない海外では通用しにくい。TBSは伝統的にアイデアや企画で勝負するソフトが多かったので、フォーマット化しやすかった」と杉山次長は話す。 フォーマット販売では、最初の企画会議からの流れや人員配置など、ありとあらゆるノウハウを書いた「バイブル」を作成する必要があるなど、制作現場への負担が大きい。 しかし、米版「おもしろビデオコーナー」への投稿ビデオが「さんまのスーパーからくりテレビ」で使われたり、海外のテレビ局が加えたアレンジから番組のリニューアルへのヒントが得られたり、とメリットも大きいことに制作サイドが気づき、協力が得やすくなっているという。 「カンヌの国際テレビ番組見本市などを見ると、日本の番組の方が明らかに手間とアイデアを投入している。これまで流通していた欧米流のテレビ番組にあきている国から、強い関心をもたれており、将来性は非常にあるビジネスだ」と杉山次長は話す。 希薄なテレビ業界の意識政府の期待に反して、海外展開に対するテレビ業界の意欲は低い。「日本には6兆円という巨大な広告市場があり、国内で十分すぎるほどの利益を上げられる。広告市場が50億ドル程度の韓国と違い、海外市場に向かう必要性がさほどない」(業界関係者)ことが理由だ。 事実、フジの海外番組販売の売り上げは、全売り上げおよそ4000億円のわずか0・5%程度に過ぎない。フジでは「メディアの増加や広告費の頭打ちなどで、われわれも海外に出て行かざるを得ないのは確か。しかし、現状でこの規模の事業に、全社を挙げて取り組むのは難しい」と時期尚早の認識を示す。 また、TBSは「政府にバックアップをしてもらうのはありがたいが、番組販売は権利ビジネスで、工業製品を売るのとは意味合いが違うことをもっと理解してほしい」と政府と業界の調整の必要性を語る。 NHKでは「テレビ番組は地域と文化を反映しています。とりわけドキュメンタリーなどでは日本と海外では興味の持ち方、番組の作り方が違います。それを知財の枠組みでまとめて『日本船団』として見本市などに持って行って売ります、と言われても…」と困惑を隠さない。 テレビ局が抱えるコンテンツを“宝の山”とみて買収に乗り出したネット企業もあったが、世界市場を考えたとき、国内向けに作ったテレビ番組のコンテンツ力には疑問符がついている。しかも、業界は海外進出の必要性をまだ、感じていない。マンガ、アニメ、ゲームなどの他のコンテンツにも増して課題が多い。 音楽の力はオリジナリティー「音楽の力を一言で言うならオリジナリティーしかない」──伝説のバンドのリーダーは断言する。だが個性的な日本発の音楽が世界に羽ばたけるとは限らない。2007年03月19日 15時26分 更新
25年前に解散した伝説のブラス・ロック・バンド「スペクトラム」(上)と彼らの曲を演奏する「リスペクト」のメンバー(下)3月11日、東京・目黒の貸しスタジオに、トランペットやギターを抱えたアマチュアミュージシャンが集まった。演奏するのは、四半世紀前に一世を風靡し、わずか2年で解散した伝説のブラス・ロック・バンド「スペクトラム」の曲ばかり。バンド名も、スペクトラムを尊敬する意味を込めて「リスペクト」と名付けている。 狭いスタジオで、メンバーはスペクトラムのデビュー曲「トマトイッパツ」や、当時CMソングになった「イン・ザ・スペース」といった往年のヒット曲を演奏し、独特の裏声を真似て歌い、踊った。 トランペットとボーカルを務める伊藤裕さんは25年前、東京・中野サンプラザでスペクトラムのライブ演奏を目の当たりにして、圧倒的なパワーやテクニックに衝撃を受けた。「あんな風にかっこいい演奏をしたい」という思いは、今も続いている。 トランペット担当の本橋裕幸さんは最年少の25歳。スペクトラムが活躍した時代を知らない世代だが「あれを超える演奏は、最近にはない」と惚れ込んでいる。 スペクトラムのファンは根強い。解散した9月22日には毎年、多くのファンが武道館に集まるなど、交流は今も続き、ミクシィにもコミュニティが存在する。 25年も前のバンドにこだわり続ける理由について、リスペクトのリーダー、吉沢賢一さんは「他に代わりがいない、どこにも分類できない唯一の存在だから」とオリジナリティーを挙げる。 昭和54年にデビューしたスペクトラムは、“裏方”だったホーンセクションを前面に出し、8ビートの民族には無理といわれた風潮のアンチテーゼとして、16ビートを志向した。金糸、銀糸を多用した衣装も、歌舞伎の絢爛豪華なイメージと、映画ベンハーに描かれた古代ローマ帝国の戦士の衣装を組み合わせた「和洋折衷」。楽器を振り回して踊る演出、裏声のボーカルなど、あらゆる点で型破りな存在だった。 スペクトラムのリーダーだった新田一郎氏も「音楽コンテンツの力を一言で言い表すなら、オリジナリティーしかない」と断言。西洋音楽の影響と、日本人の血が入り混じった時にどんな独自色が出せるのかもがき苦しんだという当時を振り返る。 新田氏は「世界デビューは考えていなかった」と語るが、同時代には日本やアジアを感じさせるイエロー・マジック・オーケストラ(YMO)が米国で一定の評価を受けている。「やり続けていたら海外も視野に入ったかもしれない」と新田氏。 しかし、「実験バンド」と位置づけられたスペクトラムは、メンバー8人の方向性の違いなどから56年9月の武道館ライブを最後に解散。答えは出なかった。 日本ならではの音楽とは
富沢一誠さん和のテイストと独自性があれば、存在感が希薄な欧米市場で通用するのか。 「昔のフォークシンガーには、曲を作ったり歌ったりする前に、言いたいことや伝えたい思いがあった。今の若いアーティストには、一番大切な『思い』というマグマがない」 音楽評論家、富沢一誠さんは、音楽業界が沸々とわき上がるエネルギーを失っていると危惧する。 高石ともや、岡林信康らが牽引した1960年代後半のフォーク音楽台頭期、富沢さんが取材したフォーク歌手は「歌は歌であって、歌でない」と語った。まず伝えたい思いがあり、たまたまギターを持ってメッセージを出したのが歌だった-というのだ。 60年代のフォークソングは独自性があったと指摘するが、日本のメッセージフォークは広く世界に発信する類のジャンルではなかった。 フォークは70年代に全盛期を迎え、吉田拓郎、井上陽水、かぐや姫といったスター達が表舞台に躍り出た。同時に、より音楽性を洗練させる風潮から「ニューミュージック」という言葉が生まれた。「この頃から、歌の内容よりも、編曲や演奏テクニックの役割が高まっていった」と富沢さんは解説する。 80年代には、山下達郎や浜田省吾、アルフィー、杉山清隆らが活躍。欧米の流行歌、いわゆる「洋楽」の要素を多く取り入れた邦楽が「ポップス」と呼ばれるようになる。 80年代後半のバンド・ブームは、アマチュアとプロの垣根を低くしたが、一方でアーティストの粗製濫造との批判も出た。 90年代にはR&B、ヒップホップ、ダンスミュージック、テクノなど、世界のあらゆるポピュラー音楽が取り入れられた。西洋音楽への傾倒が一段と強まるが、模倣色が強く、欧米では通用しない。 「その上に現在のJポップシーンが構築されている」と富沢さん。 こうして日本のポピュラー音楽の歴史を振り返ると、歌のメッセージ性やオリジナリティーは弱まり、西洋音楽の要素が強まった傾向が浮かび上がってくる。「Jポップが洋楽の影響を強く受けている以上、どうしても洋楽に似てしまう。猿まねと言われても仕方ない」と分析する富沢さんは、「日本ならではの音楽とは何か」と問いかける。 70年代にヒット曲を連発した井上陽水や小田和正、松任谷由実、サザンオールスターズ、吉田拓郎、谷村新司らは、今も第一線で活躍している。高いオリジナリティーがファンに支持されているからだ。 また、現在のJポップの一部は、アジアを中心に市場を広げつつある。独自の音楽世界を築いてファンの心を離さないアーティストも存在するが、海外市場でヒットを飛ばし続ける“本物”は、そうそうは生まれない。 日本クラシック界の未来
音楽評論家、東条碩夫氏さんポピュラー分野では人材不足が指摘されたが、「のだめカンタービレ」でにわかに人気が出たクラシック分野はどうだろうか。音楽評論家の東条碩夫(ひろお)氏も、クラシック分野でも同様の状況であるという見方をする。 東条氏は、日本でクラシック音楽が盛んなわりに海外で通用する音楽家は少ないと指摘する。その中で、世界で通用する日本の3大音楽家として、指揮者の小澤征爾、ピアニストの内田光子、作曲家の細川俊夫を挙げる。 90年代後半まではオーストリア・ザルツブルクのレストランや図書館などの窓辺に、欧州の著名アーティストの作品に混じって小澤氏や内田さんのCDが飾ってある光景をよく見かけたという。 「(世界的指揮者の)故カラヤンやムーティらと並んであれだけとりあげられた日本人は小澤さんの他にいない。実力は世界水準に達しているし、絵になるアーティストでもある」と東条氏。ただ、「ずば抜けた存在である小澤さんの後が出てこない。大野和士や上岡敏之など欧州で活躍する指揮者もいるが、まだ小澤さんほどメジャーではない」 作曲家では、武満徹亡き後の日本の代表的な作曲家として細川俊夫が抜きん出た存在だ。日本のインターナショナルな部分を最大限に発揮した作風が海外で評価されている。しかし、作曲の世界も指揮者同様、その後が続かないという。 ただ、将来への可能性は大いにあるというが、「そのためには音楽教育から変える必要がある」と東条氏。 器楽演奏の場合、音の問題しか考えない教え方がまだあるという。「ベートーベンの『田園』を演奏するとき、ウィーンの自然の中を歩きながら、ここでベートーベンが作曲したのだと自分で体験し、その感情を音楽にぶつけることが大切。しかし、どうも日本人は音符に関しては詳しく勉強するが、そこでとどまってしまう。それでは情感のこもった心を揺り動かす音楽はできないと(著名な指揮者の)マゼールから聞いたことがあります」 また、「実力も大事だが、マネージャーやプロモーション力の問題もあるのでは。同じ実力があっても宣伝力に差があったり地元のマネージャーがつきにくかったりする」と東条氏はみている。 政府の売り込み支援
音楽プロデューサーの麻田浩さん=東京・渋谷区東(撮影・瀧誠四郎)
「世界に羽ばたけない」の原因として政府が指摘するのは、売り込み力の欠如だ。 音楽プロデューサーの麻田浩さん(62)は10年ほど前から、毎年3月に米テキサス州で行われる全米最大の国際音楽見本市「サウス・バイ・サウスウエスト(SXSW)」で、日本人アーティストを紹介する橋渡し役を務めている。 おもにインディーズ・バンドによるショーケース・ライブを世界中から集まる音楽関係者に披露する。今年は23組が選考され、今月18日まで参加している。全体の出演アーティストは約1500組に及ぶ。 麻田さんは「日本のアーティストは世界で通用する」と断言する。「ただ、『通用する』と『売れる』はちがう。ビジネスにしなければいけない」と渋面に変わる。 米国で売れるには最低条件があるという。レコード会社にライブを気に入ってもらっても、契約の際に必ず「年2回くらいツアーできるか」と聞かれる。「日本人にとっては厳しい」と麻田さん。 米国では1回のツアーで30~50カ所を1~3カ月かけて行うのが通例だ。麻田さんはかつて女性バンドを率いて50日間で45カ所を回ったことがある。「ハードです。ライブは深夜0時ごろに終わる。機材を車に積んで5時間走り、道ばたのモーテルに泊まり、再び5時間走る。東京-福岡を車で毎日走るようなもの。その繰り返しです」 一方、こうしたインディーズに国の支援はあるのだろうか。フランスや北欧では国家による海外進出支援が定着している。「スウェーデン・ポップスはかなり外貨を稼いだ。カナダや北欧は、大使館が自国のアーティストを呼んでパーティーを開く」と麻田さんはうらやむ。 そんななか、ようやく日本でも海外進出を支援する動きが出てきた。日本貿易振興機構(ジェトロ)はインディーズを対象に、フランスの国際音楽産業見本市「MIDEM」やSXSWなどでの支援を始めて3年目となる。商談などに使うブースを設けたり、CDの見本盤を作成・配布したりしている。一昨年、MIDEMのショーケース・イベントに出演したSatomiは、英国のレコード会社との提携を決め、英国でCDデビューを果たした。 「日本では今までメジャーなレコード会社にしかなかったノウハウをインディーズにも共有してもらうことで海外進出のきっかけ作りができ、(ジェトロが支援することで)ジャパンとしての売り込みができる」とジェトロ輸出促進課。 2月には都内でジェトロ主催の「インディーズのための海外進出セミナー」まで開かれた。パフォーマンス・ビザを取得しないまま海外で演奏活動を行なうバンドがいるなど、基本的な知識が伝承されていなかったため、「北米音楽進出ガイドブック」を4月までにジェトロがホームページで公開する予定だ。 言葉や生活習慣の壁は音楽の国際展開にも大きく立ちはだかる。政府の売り込み支援も、ミュージシャンの独自性を生かすひとつの方法だろうか。 対立する2つの世界 新しい“創造”が橋を架ける権利の維持に傾倒しがちな既存メディアと、結果的に著作権を侵害することが少なくないネット側。「一罰百戒」と「数のアナーキズム」で対立する2つの世界をつなごうとするクリエイティブ・コモンズが広がり始めている。2007年02月06日 15時48分 更新
著作権法違反容疑でJTBを家宅捜索──。そんな記事が掲載されたのは、昨年12月のこと。JTBの子会社「JTB東海」が自社のパンフレットに、撮影したカメラマンの許諾を受けずに、観光地の風景写真を掲載、警視庁がJTB本社や子会社など関係先17カ所を家宅捜索したというものだった。 調べによると、JTB東海は、今年7月に発行したツアーパンフレットに、十和田湖などの風景写真2枚を無許諾で掲載し、著作権を侵害した疑い。JTBとこのカメラマンが所属する写真貸し出し業「アイ・フォトス」とは30年来の取引があり、写真は使用ごとに使用料を支払うことになっていた。 JTBでは「過去に使用した写真を権利の確認をせずに2次使用した」と釈明したが、パンフレットだけではなく、JTBはホームページ上でもパンフレットの画像などを公開。一昨年7月にアイ社から「無断使用されている」と申し出があったという。アイ社では「これまでに約5000回の無断使用があった」と指摘する。 JTBなどが警視庁の家宅捜索を受けたのは昨年12月13日。おりしもこの日は、ファイル交換ソフト「Winny(ウィニー)」を開発し、ゲームや映画ソフトの違法コピーを容易にしたとして、著作権法違反幇助(ほうじょ)の罪に問われた元東大大学院助手に対し、京都地裁が罰金150万円の有罪判決を言い渡した日。「著作権法違反は甘くない」ということを強く印象付けた1日だった。 客のリクエストに応じる、スナックやバーでの生演奏も厳密には著作権の侵害に当たる。 大阪地裁は30日、開業以来5年以上にわたり、日本音楽著作権協会(JASRAC)に使用料を払わず、ピアノなどでの生演奏を行っていた和歌山市の飲食店経営者に店内での楽曲演奏禁止やピアノの撤去、楽器の搬入などを禁じるとともに、約190万円の損害金支払いを命じる判決を言い渡した。JASRACが17年10月に提訴していた。 JASRACは「この経営者は『音楽文化の発展のために店舗を提供している』『JASRACの使用料徴収の仕方が横暴』などと主張して著作権侵害を正当化していた」と事情を話す。 JASRACは16年に、大阪地裁に仮処分を申請、大阪地裁は演奏差し止めの決定を出した。すると、JASRACが管理する曲以外の演奏が中心であることを証明するために経営者は店の模様をネット中継。「協会側が曲を確認できる」と認めた大阪高裁は、仮処分を取り消していたが、結果的に違法が確認された。 JASRACでは、「生演奏を行っている店の経営者の中にも、おなじような口実で侵害行為を続けるケースが少なくない。モラルが低下しており、悪しき風潮を正していきたい」と、“一罰百戒”の効果にも期待している。 今月22日には東京地裁がJASRACに使用料を払わず、ビートルズなどの楽曲をピアノやハーモニカで生演奏したとして、著作権法違反の疑いで逮捕、起訴された都内の飲食店経営者に懲役10月(執行猶予3年)の有罪判決を下した。この飲食店は昭和63年に開業。JASRACは著作権手続きを取るように求めてきたが、経営者は応じなかった。東京地裁は演奏禁止の仮処分を出していたが、経営者はこれも無視して演奏を続け、業を煮やしたJASRACが刑事告訴、逮捕につながった。 こうした行為は確かに違法ではあるが、演歌の世界でおなじみの「流しのギター」も同じ行為。客のリクエストに応えただけで…という同情の声もあったが、この行為は著作権の中の上演・演奏権の侵害に当たる。不特定多数(公衆)の前で自分の楽曲を演奏することを禁止できる権利で、最高裁は昭和63年、飲食店のカラオケで客が歌う行為を、店側の演奏行為と同じものとみなし、演奏権の侵害になるとの判決を下している。さらに、今回の件は、警告を無視したことでJASRACは態度を硬化させた。 JASRACには、客席が30席までの店舗での演奏(月60時間以内)で月額1万3000円、あるいは5分までの曲で1曲90円という使用料の規定があり、時効などで消失した分を除いても未払い分はざっと400万円。「こうした事例はまれだが、適正な利用者との公平性を維持する観点からも、悪質な権利侵害には法的措置で対応する」(訟務部)と厳しい姿勢で臨んだという。 これらの事例に対し、「厳しすぎる」との批判は絶えない。しかし、青山学院大学法科大学院教授で弁護士の松田政行さんはJASRACのシンポジウムで、著作権法30条1項(私的使用のための複製)のあいまいさを指摘した。私的な目的であれば、無制限にコピーしてもいいという解釈につながりかねないからで、「友達から借りたCDを複製し、また貸す。こうしたコピーの繰り返しは許されるべきない。大反対はあるだろうが、人に借りてコピーをすることは禁じるべきだ」と、品質を劣化させずに複製品を作ることが可能となったデジタル時代では、著作権は強化させるべきだと主張する。 対立する2つの世界日本音楽著作権協会(JASRAC)らの著作権に対する厳しい姿勢は、インターネットの世界では必ずしも通用していない。圧倒的な数の前に対応できないためだ。 「削除されてもきりがない。投稿の事前チェックが不可欠だ」 テレビ局やJASRAC、日本映画製作者連盟などが頭を悩ませるのが米動画投稿サイトのYouTube(ユーチューブ)。サイトにアップされているテレビドラマや映画などのうち、かなりの割合が著作権法違反の動画だ。 インターネットの世界では「問題コンテンツがあれば対応する」という事後チェック型が通常。昨秋も日本の権利者団体が約3万件の投稿削除を申し入れ、ユーチューブ側も削除に応じたが、削除するそばから同じ動画がアップされる。JASRACでは、2月上旬に来日予定のユーチューブの創業者、買収したグーグルの幹部に対し、「違法な投稿を防ぐシステム導入やユーザー管理、違法な投稿者の登録を無効にすることを求める」としているが、根本解決に至る可能性は低い。 そもそも、既存メディア側と、ネット業界側では著作権に対する認識に違いがある。多くの著作権を抱える既存メディア側がその権利の維持に傾倒するのに対し、歴史が浅く、守るべきものが少ないネット側は、あるものを利用して皆んなで新しいものを作ろうという土壌があり、結果的に著作権を侵害することが少なくない。2つの世界は対立しがちだ。 こうした中で、2つの世界に受け入れられそうな「クリエイティブ・コモンズ(CC)」という概念が世界的に広がり始めている。著作権を守りつつも一定の条件さえ約束すればコンテンツの使用を許諾するという考え方で、2002年に米国で始まった。日本でもインターネット上で音楽発信などにCCライセンスを活用する動きが出ている。 クリエイティブ・コモンズ・ジャパン(CCJP)によるとCCライセンスとは、発信する際に4つの条件の組み合わせを選ぶだけで、誰もが自分の生んだ作品を、一定のコントロールのもとにインターネット上で発信できるシステムだ。 著作者は、以下の4つの条件から好きな物を組み合わせて使うことができ、著作権法制化よりも緩やかなコンテンツ活用ができる工夫がなされている。 【表示】著作者の氏名、作品タイトルなどを表示しなければならない 【非営利】営利目的で利用してはならない 【改変禁止】作品を改変してはならない 【継承】改変して新たに生まれた作品は、当初の作品のライセンス条件を継承し、同一の組み合わせでライセンスされなければならない みんなで作るコンテンツ
「クリエイティブ・コモンズ(cCC)」ライセンスの下で自作の楽曲をネット公開しているアマチュアミュージシャンの堀内裕介さん(左)。相撲取りの着ぐるみ姿で歌うのは、友人のOLデュオ「スモー・シスターズ」世界中のアマチュアミュージシャンが作り出す音楽は、「クリエイティブ・コモンズ」の名のもと、ネットで自由に流通している。無料で音楽データやビデオクリップをダウンロードでき、友人にコピーをプレゼントすることができる。 都内に住む堀内裕介さん(31)は、普段はサラリーマンとして働き、夜はアマのネットミュージシャンとして活動している。自宅のパソコンで余暇を利用して曲作りに励む。キリストの髪形を意味する、英国のロックバンドの曲名「Jesushairdo(ジーザスヘアドゥ)」を自分のアーティスト名とし、インディーズの配信サイトに、多い月は2~3曲のペースで新曲を発表し続けている。ネットを通じ熱狂的なファンも生まれ、米英豪、香港などのユーザーからも好意的なコメントが寄せられる。 「広告を打つ予算のあるプロと違い、僕らは作っても宣伝できない。だから、ネットで種をまき、自然に口コミで広がる手法を取った」と語る。 堀内さんがこうした配信を始めたのは3年ほど前。ユーザー同士の音楽発表サイトでCCの存在を知った。「最初は意味がわからなかった」と堀内さん。しかし、経験を積むにつれ、曲のタイプに合わせて条件の組み合わせを変えると、予想しない効果があることが分かった。 たとえば、ユーザーにクレジットをつけてもらうことを求める「帰属(表示)」だけを選ぶと、自分が発信した曲が加工され、より自由度の高い楽曲になることを目の当たりにしたのだ。 「音源を使って、見ず知らずの人たちと一緒に遊ぶ。好きな条件を選んで、自分で宣言するだけ。こんなにあっけなくていいのかと思ったけど、ルールにのっとって遊ぶ楽しさが生まれた」 最近は友人のOLデュオ「スモー・シスターズ」をプロデュースし、最初のアルバムを配信したところ、2カ月足らずでYahoo Movieで1万7000のページビューを記録した。 しかし、音源や映像作品に対し、将来的に課金しようという発想はない。堀内さんは「会社生活の中で感じたことを歌詞にするのが楽しい」と今の状況を気に入っている。しかし、この一方で、「曲だけは自信があるので、プロの方に使ってもらえればうれしい」と欲も見え隠れする。 既存メディアにも広がるCC
クリエイティブ・コモンズの有効性を説くクリエイティブ・コモンズ・ジャパン(CCJP)の中山信弘代表CCJP(クリエイティブ・コモンズ・ジャパン)の中山信弘代表(東大法学部教授)は、「著作権者が『一定の範囲は自由にライセンスします』と宣言することで利用者は安心して使える。利用者の心配を取り除くために著作物を契約の網で結んだもの」と説明する。 CCを提唱したのはスタンフォード大学のローレンス・レッシグ教授らだ。 弁護士の野口祐子さんは、01年から05年までスタンフォード・ロー・スクールに留学し、レッシグ教授のもとで博士課程に在籍した。ロー・スクールの地下教室で、米国の立ち上げメンバーがCCのあり方を熱心に語り合う姿を目の当たりにした。 現在、本業の傍らCCJP事務局長を務める野口さんは「社会の動きに法律がどう影響するかをとらえる才能にたけている」と教授の印象を語る。 現在CCライセンスは約35カ国で採用されている。中でもブラジルはCCの人気が盛んという。昨年のCC世界大会で、野口さんはWeb2.0と呼ばれる参加型の新たなネットの潮流が根付き始めたことを実感した。 同国では原曲をカバーした曲の方が有名になると、オリジナルを作った人よりアレンジした人の方を評価するという。米国では原著作者にスポットが当たるが、ブラジルは流通させた人を評価する。ネット先進国の米国よりも先行している。 CCJPは先月26日、特定非営利活動法人(NPO法人)の認証を都に申請した。「うまくいくかはこれから。なるべく多くのコンテンツが入ってくるようソフトを作らなければ」と中山代表は意気込んでいる。 ネットに押される既存メディア側にも歩み寄りの動きが出始めた。 学研はクロスメディア事業を展開中で、20を超すウェブサイトを順次開設している。その中で唯一CCを活用したサイトが「valuenavi(バリューナビ)」。時計や小物など男性向けの商品をネット上で紹介し、販売するオンラインセレクトショップだ。 ユーザーがCCライセンスのもと、学研が提供する商品情報を自分のウェブサイトやブログに引用して掲載できるようにした。出版社が運営するサイトでは初めての試みだ。 同サイトの広瀬有二編集長は「著作権を解放しているわけでなく、ある情報を一定のルールのもとでユーザーと共有する」という立場を取っている。「使用許可の問い合わせを敬遠する人が多いなか、気楽にできる環境を整えた。気安さの中に著作権の意識を持ってもらえれば」と話している。 昨年11月下旬にスタートしたばかりで、「まだブロガー(ブログを書く人)の反応をつかみきれていない」と模索状態だが、対立しがちな2つの世界の架け橋になるかもしれない。
学研valuenaviでは、CCライセンスで定める範囲でコンテンツが利用できる旨が記されている。コンテンツを育てるのは消費者の目利き日本発のコンテンツが世界で長く愛されるような力を維持できるかは定かではない。日本のマンガが世界最高水準になったのは「読者という最高の目利き」がいたから。世界に通用しうるコンテンツを育てるのは、他ならぬ消費者の知的水準だ。2007年03月22日 18時23分 更新
「こんな国際的なアカデミー賞は初めて」。司会のエレン・デジェネレスがそう感想を述べた第79回アカデミー賞は、菊地凛子が助演女優賞に、「硫黄島からの手紙」が作品賞にノミネートされるなど、日本の存在感が増した。また、日本国内では空前の邦画ブーム。平成18年の邦画興行収入は21年ぶりに洋画を上回り、映画に限れば、政府が目指す知財立国にも展望が開けたかに見える。 しかし、日本のコンテンツ市場は脆弱だ。平成17年度調査におけるコンテンツ市場の規模は11兆円強と巨大だが、GDP(国内総生産)比では2.2%。市場規模68兆円でGDP比5.1%の米国は別格としても、世界平均の3.2%にも及ばない。 経済産業省が18年にまとめた新経済成長戦略で「コンテンツの市場規模が平成27年に現在の約1.4倍の18.7兆円に拡大する」と試算しているが、成長率が横ばいであればGDP比3.6%となり世界平均を上回る。 しかし、短期間に多数の視聴者をつかむ「瞬発力」は強いが、10年も20年もの間、愛されるような「持久力」には欠ける傾向が、最近の日本のコンテンツには強い。今後も邦画がコンテンツ力を維持できるかは定かではない。 コンテンツの持続的発展に国を挙げて取り組み、成功した代表例が米の映画振興だ。映画研究家の濱口幸一氏によると「第1次世界大戦によって、映画産業の競争相手だった仏、伊の生産力が落ちた隙間をぬって米国が進出した」という。1918年には米映画の輸出促進を目指した法律が施行され、20年代に世界支配は揺るぎないものとなった。 45年に米国映画輸出協会(MPEA)が設立され、60年代には元大統領補佐官がMPEA会長に就任するなど、映画産業と政府の関係は強固となり、現在でもそれが続くと濱口氏は指摘する。 この振興策はコンテンツ販売もさることながら、米国ファンを作り商品を売り込むことが狙い。もくろみは当たり、世界中で戦争に介入しても、米製品はあこがれとして歓迎されるようになった。 米国に先立つのがフランスの事例だ。高級文化戦略で19世紀を席巻した仏は、米の前にパワーを失っていったが、欧州映画が地盤沈下するなかで「映画大国」として地位を保ち続けている。映画評論家の中川洋吉氏は、仏の映画助成制度を理由に挙げる。 制度を支えるのは46年に設立された仏国立映画センター(CNC)だ。この制度の最大の特徴はテレビ業界からの助成金。CNCは国営、民間にかかわらず、テレビ局の総売り上げの5.5%を徴収し、年間700億円規模の予算を確保し、大半を映画やテレビ業界に還元している。 若手育成にも製作資金の前貸し制度があり、年間60本前後の作品に3000万~4000万円が供与される。 この結果、仏国内の映画市場(05年)は、興行収入の46%を占める米映画に対し、仏映画も37%と健闘。米国の攻めの国策に対し、仏の守りの国策が奏功している。 日本も米仏に倣った戦略を採る。平成15年に、政府の知的財産戦略本部にコンテンツ専門調査会が設置され、日本ブランドの振興という目標が掲げられた。アニメ、マンガ、食などで日本のブランドイメージを高めようという戦略だ。同調査会委員の浜野保樹・東京大学大学院教授は、内外で攻めの国策を展開する必要性があるという認識だ。 「海外市場で人気のあるコンテンツで日本のイメージを高め、日本商品全体の広告媒体とする」という戦略は米仏と同じだが、同時に、海外クリエーターを日本に呼び込み、コンテンツに広がりをもたせ、日本ブランドの伝道者になってもらうことを狙う。刺激を与え続ける作戦だ。 文化庁メディア芸術祭もそのツールのひとつで、マンガ部門には世界中から応募作品が集まる。「日本で認められれば世界に通用するという認識が広まっているため」で、浜野氏は日本がコミックの聖地となっていると歓迎する。 浜野氏は日本のマンガが世界最高水準となった理由を、「読者という最高の目利きがいるため」と分析する。高品質の作品も、消化する読者がいなければ「瞬発力」にも「持続力」にもつながらない。世界に通用しうるコンテンツを育てるのは、他ならぬ消費者の知的水準だ。 米の映画振興
第1次世界大戦後に国策として映画振興を始めた米国の狙いを解説する濱口幸一氏コンテンツの持続的発展に国を挙げて取り組み、成功した代表例が米の映画振興だ。米映画がいかにして海外市場を獲得していき、米国がハリウッド映画を国策産業として育てたか。早大などで映画史を教える映画研究家、濱口幸一氏に聞いた。 ──米映画が海外進出を始めたのはいつごろか 「1909年からで輸出の拠点はロンドンでした。第1次世界大戦(14~18年)の前は、まだフランス、イタリアが強力でしたので米国は手が出せなかった」 ──第1次大戦が転換点に 「はい。フランスやイタリアは戦争によって大きく疲弊し、映画を作る能力がそがれ、間隙をぬうような形で米国が入れ替わった。米映画が海外市場の支配を始めたのは15、16年からです。輸出の拠点はニューヨークとなり、海外にどんどん支社を出すようになった」 ──その結果、何が起きたか 「欧州で米映画は良くも悪くも多くの人に好まれた。今に至ることだが、観客や映画館主たちは米映画の上映を望むが、地元の映画製作者からすると自国の作品が押し出されるのは困る、という利害衝突の構図がこのころからあった」 ──米政府と映画産業が協力関係を結ぶようになったのは 「最初は、戦争協力のために映画を利用しようとした16年ごろ。重要なのは18年で、輸出促進を目指した法律ができ、今に至る海外とのやりとりの基本になっています。20年代は世界各国で普通に上映されるようになった」 ──世界支配は揺るぎないものとなった 「スクリーンを通じてスターの吸うたばこなどが目に触れることで、結果的に映画は絶好の宣伝媒体だとわかった。米国の生活様式や良さを伝えることができると確信したのがこのころだ」 ──国策産業としての価値を見いだしたわけだ 「米国映画協会(MPAA)のメンバーである映画会社は現在6社ある。45年に設立した米国映画輸出協会(MPEA)が、これらメジャースタジオの代理人として、海外での上映やテレビ放映などについて各国業界と折衝を行っている。協会(MPEAは94年にMPAと改名)自体がサイトに示しているが、“a little State Department”と呼ばれている」 ──米国務省に替わる存在だと 「歴代のMPEA会長は閣僚レベルの経験者が就任している。ジョンソン大統領の元補佐官も会長を務めている。海外に立ち向かうとき、まずは業界が先頭になって、いざとなったら政府がサポートする状況は、これからも続くのではないだろうか」 フランスの映画振興
米国に対抗して映画振興策を行い、欧州の映画大国の地位を守ったフランスの政策を解説する中川洋吉氏米国が映画という文化を前面に出して行った産業振興策は、フランスに続くものだった。米国は世界の映画市場を席巻したが、フランスはハリウッドに押されつつも、いまなお映画大国の地位を保ち続けている。理由は何か。カンヌ映画祭の現地取材が今年で27回目を迎える映画評論家の中川洋吉氏は、映画助成制度を挙げる。 ──仏映画界の特徴は 「1946年に仏文化省の直轄機関としてCNC(仏国立映画センター)が発足した。以来、映画界を財政面から支えている。映画を国として保護しなければという基本姿勢があった。日本では文化庁が何かやる場合、映画以外にも目配りしないと成り立たないが、仏は映画が突出している」 ──なぜか 「映画発祥の地という意識があるから。1895年、リュミエール兄弟による最初の有料上映を指して映画元年というわけでだ。第2次大戦前は米映画と世界を二分する興行力があったし、文化の中心に映画があった。そういう伝統があったので国の文化政策として映画が根底にあった。ただ、発祥の地に関しては、エジソン(米国)がすでに映写機を発明していたので疑問だが…」 ──戦後すぐにCNCを立ち上げた理由は 「仏はナチスの占領期間中も映画を製作し続けていたが、米の輸入映画によってマーケットを独占されることを心配したのではと私は推測している」 ──その後の経緯は 「仏映画は70年代に興行成績が落ち、質的にも疑問符がつくほどで危機に陥っていた。演劇出身のジャック・ラングが文化大臣になって、特別税をテレビ局からも導入することを考えついた。これが大きかった。86年から総売上の5.5%を徴収することで飛躍的にCNCの予算が増えた」 ──映画界にとって敵だったはずのテレビ局からか 「今の仏映画はテレビ産業からの拠出金で成り立っている。国営と民間の両方から一律5.5%徴収している点がすごい。他に映画入場料の11%、ビデオ販売価格の数%をCNCの財源としている。予算の7割がテレビ局、3割弱が映画入場料からの負担だ。日本の場合、今年の文化庁の映画予算は22億円。窓口は文化庁、経産省、厚労省と3つもある。CNCは700億円(2005)を超える。窓口は文化省1つだ」 ──助成制度の中で選択助成が妙味だとか 「年間60本くらいに製作資金の前貸し制度が活用されている。1作品3000万~4000万円くらいで、利益がなければ返さなくてもいい。これによって多くの新人女性監督が輩出され、仏映画界を支えている。役所が枠を作り民間資金を入れ、産業界に再分配する。CNCを通じて文化リサイクルをやっているわけだ。欧州で仏がもっとも米映画に浸食されていない。05年の市場占有率は米映画の46.1%に対し、仏映画は36.8%と健闘している」 日本の戦略
「人気あるコンテンツを切り込み隊長として、日本ブランドを確立して、産業振興を図るべき」と主張する浜野保樹氏日本も米仏に倣った戦略を採る。平成15年に内閣の知的財産戦略本部にコンテンツ専門調査会が設置され、日本ブランドの振興という目標が掲げられた。アニメ、コミック、食、ファッションなどで日本のブランドイメージを高めようという戦略だ。同調査委メンバーの東京大学大学院の浜野保樹教授は、内外で攻めの国策を展開する必要性があるという認識だ。 知財戦略本部のコンテンツ専門委員会の構成員でもある東京大学大学院の浜野保樹教授に日本の戦略などを聞いた。 ──政府はアニメ、コミック、映画、ゲームなどのコンテンツを輸出して収益を上げようとしているが 「切り込み隊長として活用しようということだ。19世紀にフランスは高級文化路線を打ち出し、それでフランス料理とかフランスファッションとかを世界に広げた。アメリカはそれをポップカルチャー路線でいった。映画とかバスケットボールとか音楽を広げ、ファストフードとか、Tシャツとか、バスケットボールシューズとかが売れている。当然、イメージもよくなる。フランスとかアメリカは、そこを実に巧妙にやった」 「しかし、刺激をしないと継続しない。人気があるだけで終わってしまう可能性がある。いままでにもジャパネスクとか日本ブームは何度もあったが、一時のブームで終わってしまっている。日本は戦後、外貨稼ぎを目的に映画を輸出産業にしようと試みた。しかし、彼らは映画で稼ごうとしていた。そんなもので稼げるわけはない。アメリカだって映画は方便で、米商品の売り込みが目的だ。切り込み隊長だ。その周辺につなげる努力を一切してこなかった。映画だけ売ろうとか、アニメだけ売ろうとか非常に単純に攻めた」 「いい例が日本食ブーム。日本食は高級食、健康食ということで全世界的に受けている。日本人の評価につながっている。関心が途絶えないように、映画やアニメなんかで刺激し続ければいい。興味を持ってくれれば、どっかでくっつくところがある。そういう戦略を知財本部は初めて、ジャパンブランドということで気がついた。コンテンツが重要なのは、日本国のイメージ、日本商品全体の広告媒体となる点だ。19世紀はフランス、20世紀はアメリカだったが、ぼくは21世紀はアジアの時代と思っている。自然との共生とか環境問題というのはアジアがずっとやってきたことだから」 ──当時は伝達ツールとして映画がよかったが、いまはなにがいいのか 「戦略的に全部やるのは大変だ。毛沢東がいうように一転突破全面展開が望ましい。ただ、実写映画は厳しい。ハリウッドとか中国の金のかけ方とか人のかけ方はすさまじい。それで、アニメとか漫画とかということになった。ゲームについては、ぼくは異論がある。アニメや漫画は感動をもたらすけれど、ゲームは、お金だけ持っていって、子供の時間奪ってますね。その人生にプラスアルファがない。宮崎さんとか他のアニメ見て、人生変わったという人はいると思います。心ふるえるほどの感動とか、ゲームは若干難しい。ビジネスとしてはいいかもしれないが、恨みをもたれる。かつてのエコノミックアニマルのコンテンツ番みたいにね。敬意も払ってくれない」 ──評価軸みたいなものを確立するという観点から考えた場合、すしポリスみたいなものは必要なのか 「コンセプトは正しいがやり方が間違っていた。実は、あれはぼくが言い出しっぺ。すしというのは鮮魚の流通システムが大切だ。しかし、そんなものを作らずに南米などでも大ブームになった。きのうまで韓国料理とかメキシコ料理だったのが、いきなりすし。ステータスだということでやったんだが、食中毒だらけとなった。だから、ちゃんとそういう仕組みを指導してくださいと言ったわけだ。しかし、結果はご存じの通りだ」 「ネガティブリストを作るのではなく、ポジティブリストを作らなければ。フランスが何をやっているかといえば、勲章を授与するわけだ。フランス料理に貢献しましたといって。それと同じことをやればいい。それから、鮮魚の流通システムとか、冷凍システムとか、日本に招いて研修してもらえばいい。そうすれば、日本ファンも増える」 ──日本がスタンダードになる 「そう。いい例がマンガ。ストーリーマンガというのはスタイルだから、著作権なんかなくて、どんどん使ってもらっていいことだ。映画の作り方と同じだ。最近は、映画人がハリウッドを目指すのと同じように、マンガ人は日本を目指すという風潮が強まっている。文化庁のメディア芸術祭にも、海外から何百冊と応募してくる。作品水準が日本に達していないので、10年間で1回も賞を取れない。それでも来る。日本で評価されたいから。これまで出ていくことばかり考えていたんだけれど、引き込むことも大切だ。アカデミー賞のように、死んでもいいから取りたいという賞を確立しなければ。メディア芸術祭も年を重ねるごとに地位が高まっているが」 ──日本の先兵はアニメと漫画か 「それと食とファッションもいける。日本の消費者は非常に水準が高く、自分たちで評価している。マンガは読者という最高の目利きがいる。アニメもそうだ。それがコンテンツを育てる面もある」 |