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はつなつのかう書いてみむ巴芹なら (季語/はつなつ)
中原道夫 中烏健二
今生のラジオの上のイボコロリ 鳥居真里子
肉の傷肌に消えゆくねむの花 腹筋を鍛へ女の夏来る (季語/夏来る)
岩津厚子 加藤楸邨
一つづつ花の夜明けの花みづき 皆吉 司 坪内稔典氏に「朝潮がどっと負けます曼珠沙華」という句がある。現役時代の朝潮は巨体ながら負けっぷりのよさに愛嬌がある人気力士だったけれど、やさしい人柄がにじみ出てふてぶてしさには遠かった。その元朝潮が朝青龍の師匠の高砂親方である。弟子を扱いかねているフシも取り沙汰されているが、この子弟関係を思うと、朝青龍のふてぶてしさに一段と迫力が加わる。「船団74号」所載。(内田美紗) 満開のつつじの横に粗品あり (季語/つつじ)
樋口由紀子 日本一遅い桜を見て睡る (季語/遅桜)
橋本喜夫 土木課は晩婚多し葱の花 (季語/葱の花)
渡部州麻子 立川志らく
真実の口に入れたし春の恋 ローマにある、あの「真実の口」である。サンタ・マリア・イン・コスメディン教会の柱廊にあって、今や観光スポットの一つ。一見無気味な海神トリトーネの顔が口をあけていて、そこへ手を突っこむ。「ウソつきは噛まれる」という愉快な言い伝えがある。私も旅行した際、右手を突っこんだが、幸い噛まれなかった。噛まれなかったことも含めて、その時の私の印象は「がっかり」の一言。ローマ時代の下水溝の蓋だったという説がある。ま、どうでもよろしい。掲出句は恋人同士で手を入れたわけではない。「入れたし」だからまだ入れていなくて、恋人の片方が相手の「真実」をはかりかねていて、試してみたいという気持ちなのだろう。女の子同士や夫婦の観光客が、陽気に手を入れたりしているようだが、そんなのはおもしろくもない。愛をまだはかりかねていて「入れたし」という、ういういしい恋人同士だからスリリングなのだ。しかも、ここは「春の恋」だから、あまりねっとりと重たくはない気持ちがうかがわれる。「真実の口」は言うまでもなく映画「ローマの休日」で有名になってしまった。志らくは映画監督と劇団員の合同句会を毎月開催していて、その宗匠。志らくの「シネマ落語」はよく知られているが、シネマ俳句も多い。「抹茶呑む姿はどこか小津気どり」「晩春や誰でもみんな原節子」などの句があり、曰く「小津は俳句になりやすいが、黒澤は俳句になりません」と。「真実の口」はミッキー・カーチスに似ている、とコメントしている。ハハハハ♪「キネマ旬報」(2008年2月上旬号)所載。(八木忠栄) 藤の昼雫抱くごと目覚めたる
鳥居真里子 さて、と注す目薬二滴昭和の日 (季語/昭和の日)
中原幸子 囀のたちまち風となる梢 福田甲子雄
安住 敦
春昼や魔法の利かぬ魔法瓶 藤の昼雫抱くごと目覚めたる
鳥居真里子 たんぽぽの皆上向きて正午なり 星野立子
今日の日経、年末読書特集の俳句の部(筆者は正木ゆう子)に面白い句が紹介してあったので記録しておく。山本紫黄「瓢箪池」より。
生別も死別もいづれ春の水 鳥交る日を燦燦と老ゆるかな (季語/交る)
岡本亜蘇 |