イギリス “人為的に感染” 新型コロナのワクチン開発加速

イギリス “人為的に感染” 新型コロナのワクチン開発加速
新型コロナウイルスのワクチン開発を加速させるため、イギリス政府は、健康な人に開発中のワクチンを投与したあと、人為的にウイルスに感染させてワクチンの効果などを調べる研究に対し、日本円でおよそ46億円の支援を行うと発表しました。
発表によりますと、イギリス政府はインペリアル・カレッジ・ロンドンなどが行う研究に、3360万ポンド、日本円にしておよそ46億円の支援を行うということです。

研究では、はじめに18歳から30歳までの健康な人を対象にどれくらいの量のウイルスで感染が起こるのかを調べます。

そのうえで、別の健康な人を対象に開発中のワクチンを投与したあと、人為的に新型コロナウイルスに感染させて、ワクチンの効果や副作用を調べます。

被験者は医師や科学者が24時間態勢で健康状態を観察し、研究に参加したあとも最大1年間は異常がないか経過をみるとしています。

研究に用いるワクチンはまだ決まっていないということですが、イギリスの規制当局や倫理委員会の承認を受ければ、来年1月にも研究を開始する見通しだということです。

イギリス政府によりますと、こうした研究はこれまでにインフルエンザなどほかの病原体でも行われたことがありますが、新型コロナウイルスで行われるのは初めてだということです。

研究チームは、安全が最優先だとしたうえで、「この研究によって得られる結果は、パンデミックに対処していくため、イギリスや世界各地の人々にとって、役立つものになるだろう」とコメントしています。

WHO 8つの倫理基準

WHO=世界保健機関は、新型コロナウイルスのワクチン開発のために、人為的にウイルスをヒトに感染させる研究が倫理的に許されるための8つの基準をことし5月に発表しています。

基準には、リスクよりも利益が大きいと見込まれることや、最高水準の科学的、臨床的、倫理的な基準に沿った環境で行われること、それに、リスクも含めた十分な情報を被験者に伝えたうえで同意を得る「インフォームドコンセント」を厳格に行うことなどが盛り込まれています。

イギリス政府の発表について、WHOのハリス報道官は20日、国連ヨーロッパ本部の定例記者会見で、「この研究に参加するすべての人に、どのような危険にさらされるのか理解してもらったうえで、リスクを最小限にしなければならない」と述べました。

人為的に感染させるとは?

イギリス政府などの発表によりますと、この研究では、まず心臓病や糖尿病など基礎疾患のない18歳から30歳までの健康な人、90人までを対象に、人為的にウイルスに感染させます。

これによって、どのくらいの量のウイルスがあれば感染が起きるのか、新型コロナウイルスの特徴がわかってくるということです。

このあと、健康な人を対象に開発中のワクチンを投与したうえで、人為的にウイルスに感染させてワクチンの効果を検証する段階へと進むということで、専門家はこうした研究によって、まだ開発の中間段階にある多くのワクチンのうち、どれが最も有望なものか選び出し、臨床試験の最終段階へと進めるのに役立つとしています。

これらの研究の開始にあたっては、イギリスの規制当局と倫理委員会の承認が必要で承認されれば、来年1月にも開始される見通しだということです。

同様の研究は、これまでにも腸チフスやコレラ、それにノロウイルスやインフルエンザなどでも行われてきたということで、この研究を行うインペリアル・カレッジ・ロンドンのクリス・チウ博士は、「新型コロナウイルスの新たな治療法やワクチンの開発を加速できる可能性がある。完全にリスクのない研究はなく今回の研究によって得られたイギリスの経験と専門知識はパンデミックに取り組むのに役立ち、世界中の人々にも利益をもたらす」と述べています。

専門家「倫理的に非常に難しい」

イギリス政府が発表した研究について感染症の治療に詳しい愛知医科大学の森島恒雄客員教授は今回の研究についてまだ、詳細は把握していないとしたうえで、「本来、ワクチンの効果は自然の状態の中で確かめるものだ。新型コロナウイルスの感染の様式についてはいまだによく分かっておらず、世界的には20代や30代でも重症化して亡くなる人もいる。たとえ健康な人であっても人為的に感染させるとするとリスクが大きく、倫理的には非常に難しい点があると感じる」と話していました。

専門家「健康な人に感染は倫理的な面で懸念」

イギリスの発表について、感染症の治療に詳しい愛知医科大学の森島恒雄客員教授は「世界中でワクチンに対するニーズが高まる中、より早く効果を検証できるという点では、メリットのある方法だと考えられるが、一方で、重症化するリスクの低い若い世代が対象とはいえ、特効薬が未開発で確立した治療法がない中で健康な人にあえて感染させるという方法には倫理的な面も含めて懸念があると思う。また、ワクチンの効果を検証するうえで重要なのは、普通の生活の中で飛まつや接触を通じての感染を防げるのかどうかということなので、人為的に感染させるという方法でしっかりと効果を検証できるのかどうかは疑問に感じる」と指摘しました。

また森島客員教授は、世界中でワクチンの開発競争が加熱する現状について、「新型コロナウイルスによって、世界中で100万を超す人々が亡くなる中、ワクチンのいち早い開発は多くの人が望むことだと思う。ただ、ワクチンは健康な人に接種するものなので開発する際には本来は時間をかけて安全性と有効性を慎重に検証することが必要だ。手続きや研究を急いで進めることは重要だが、検証自体は慎重に行っていくことが求められる」と話していました。

官房長官「日本での計画は承知していない」

加藤官房長官は午後の記者会見で、記者団が「日本で同様の研究を行うことを検討する考えはあるのか」と質問したのに対し「現在、そのような研究が、わが国で計画されているとは承知していない」と述べました。

そのうえで「臨床試験を実施する際には、臨床研究法などの関係法令がある。また、人を対象とする医学系研究に関係する倫理指針にのっとって、被験者の安全に十分配慮したうえで実施する必要がある。こうした前提に立って、ワクチンの有効性や安全性をしっかりと確認していくことが求められる」と述べました。