概要
鉄は約910℃で体心立方構造のα鉄から、面心立方構造のγ鉄に相転移する。
そこで、α鉄に対するγ鉄の密度比を計算せよ、という類の問題があるらしい。
cf: http://pub.maruzen.co.jp/book_magazine/support/cgbukka_pdf/05.pdf
解答例として、密度比が充填率比に等しいとして、構造から一義に計算できる充填率比で代用する方法が挙げられる。
しかしながら、この方法は、α鉄とγ鉄の原子半径が同じことを暗に仮定するため、非現実的な出題である可能性がある。
原子半径の差異、および、充填率と密度の乖離(整理予定)
http://fracmech.me.es.osaka-u.ac.jp/days/staff/kizaiB1.pdf pp.9-10/26より、単位格子中の原子数と格子定数は以下の通り*1。
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| =2個 | =4個 |
| =0.287nm | =0.358nm |
一般に、幾何的には格子定数だけで以下の量が計算できる。
ここで、鉄の原子1個の質量と置くと、
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| | | ==1.030 |
原子半径が0.124nmと0.127nmと差で0.003nm、比で1.018程度の差異に対し、
充填率と密度は1.089と1.030と、比で=1.056も乖離している。
p11の値を使うともっと大きく異なるが、差の小さい方でも充分な差異が出たため、本稿では差の小さい方で示す。
充填率と密度の乖離と半径の関係
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原子半径が変わらない場合は、=1となり、充填率と密度が一致する。
対して、原子半径が変る場合は、充填率と密度の乖離は半径比の三乗で乖離する。
半径比=1.018に対し、充填率と密度の乖離は1.018³=1.056となる。
注意
γ鉄の格子定数に=0.364という値も見つかっていて*2、この値を使うと、密度の大きさが逆転する。
比の値が1以上・以下では定性的な違いが生じるため、結論を変える必要があるかもしれない。
γ鉄の格子定数も含め、後日再度調査し、追って加筆する。
実験データを使った比較
東北大学選鉱製錬研究所の渡部らは広い温度範囲で純鉄の密度を測定している。
その結果を論文『個体および液体状態の純鉄の密度』に纏めている。
日本金属学会誌 第45巻 第3号(1981)pp.242〜249
https://www.jim.or.jp/journal/j/pdf3/45/03/242.pdf
渡部らはp246のFig6に密度の温度変化の結果を掲載している。
また、α鉄、γ鉄の近似補間式も以下に求められている。
=7968kg/m³ - 0.3335kg/(m³K)×
=8252kg/m³ - 0.5128kg/(m³K)×
測定結果に近似補間を重ねた図を図1に示す。
図より、転換点(=1183K)における補間は良く近似できていることが分かる。
補間式より、α鉄とγ鉄の転換点における密度は以下に求まる。
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| =7573 kg/m³ | =7645 kg/m³ | ==1.0095 |
これは、標準解答として提示される充填率=1.089より一桁小さい値である。
適当に拾ってきた代表値に拠る密度比=1.030に比べも、その1/3程度である。
原子半径の試算
以下に、論文の補間式の値を密度に用い、原子半径を試算する。
原子量、アボガドロ定数より、原子1個あたりの質量はで与えられる。
単位格子の原子数を掛ければ、単位格子あたりの質量と求まる。
これを密度で割れば体積=が得られ、格子定数は==、
原子半径は=や=として以下に計算できる:
| | |
| =0.539nm | =0.679nm |
| =0.117nm | =0.120nm | ==1.029 |
α鉄からγ鉄への相転移において原子半径はほぼ3%増しであるため、
充填率と密度の乖離は、=1.089となる。
参考に、各温度における原子半径の変化を図2に示す。